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 肝心なのは私が贈るのを待たずに、すぐさま後朝の和歌を贈ってくれたことだ。時間のある限りあなたのところに通うよ。  私は再びあなたを捨てる。だが今度は逝くのだ。許せ。  来世はあなただけに尽くす。  返歌を送りたいが、あいにく私の手元にある紙は全て血で汚れ、扇子はさっき使者にやった。束帯を裂くわけにもいかない。 「後ほど返歌を送る」   今生は私の手で伊勢の名を永遠に残す。  先帝の頃から話題に上っては消えた勅撰和歌集の編纂を奏上する時だ。遣唐使を停止したときに、「梅ではなく桜の時代」と菅家も言われた。梅は漢詩で好まれる花だ。しかし本朝では古来から桜を好んで詠唱してきた。桜が咲くのを待って伊勢に通えば良かったな。  和歌集は貫之と友則を中心に編纂させよう。「延喜の格式」も荘園制度の改革も忠平に託す。  だが、和歌集は私の事業だ。  道真よ時間をくれ。あなたの名も残す。四十まで生かせとは言わぬ。和歌集完成後にこの命はくれてやる。  和歌集の題名は「古今和歌集」。本朝の古今最高の歌人の栄誉は伊勢のものだ。愛しい伊勢。千年も万年も人々があなたのことを忘れずにいますように。
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