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 幾度となく二条に住む女に贈った恋文に返事はなかった。  寒さもようやく緩み始めた頃、その昔に私が女につけさせた侍女が「御息所の最近の和歌です。大臣にお見せしても良いと言われました」と書状に含めて送ってきた。  そっけない紙の走り書きは、確かに懐かしい伊勢の手蹟だ。 冬枯れの 野辺と我が身を 思ひせば もえても春を 待たましものを ー恋の業火に身を焼き滅ぼせたならば、今は春の若芽のような次の恋を期待できるのに  昔の恋が忘れられないと解釈して、私は丁寧に恋文を送り続けた。  野辺の和歌は徐々に話題に上った。伊勢御息所は誰に恋しているのかと人は噂した。  私は自分だと思いたい。ただ、そう期待する男は他にもいるだろう。  蝋梅が咲いた。  甘やかな香りは伊勢の好みかなと贈った。しばらくして散りかけた白い梅の花に、ただ「いせ」と書かれた文がつけられて届けられた。自分はすでに散りかけた花だというのか。  ならばと、血のように赤い紅梅で満開なのを探させて「伊勢」と書いてくくりつけて持たせれば、すぐさま和歌が届いた。  梅が香を袖にうつしてとどめてば 春は過ぐとも形見ならまし  恋文に女が返す和歌はつれないものだ。  手応えあり。  最近作らせた絵巻物をお見せしようと伝えれば好きな時に来いという。日が落ちぬ前に行くか。さすがに直接は会ってくれまいと踏んだが、伊勢は一人で御簾の際まで来た。ぎこちなく言葉を交わすのが辛く、絵巻物を見せることにした。御簾に差し入れるわけにもいかず、御簾のすぐ外に絵巻物を置いた。伊勢が御簾を少し掲げて小さな手を伸ばした。思わず手に触れれば引っ込めもしない。  夜になったのか、ほのかに入る月光の中で見ると、二十五をすぎて昔よりも美しくなったと思う。出産したからか、少し肉付きが良くなり豊満な魅力を放っていた。伊勢の甘い息を耳に受けて、私はますます狂おしい。積もる話は山のようにある。謝るべきことも同様に。
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