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この人、めがねもスーツもあんまりに合わないなあ、ってあたしは思う。まるで、子どもがいたずらでおとうさんのをきてきたみたい。
中指でめがねのまん中をずり上げて、鴎さんは油小路さんを見る。
「ちょっとはずしてくれないか、従僕くん。僕はこの子と話をするん」
「あきません」
かぶせて油小路さんがいう。間にぐいっと入って、大きい体であたしをかくす。
「おかしな刺激あてたらあかんのです。あなた、どの程度事情をご存じなんか知りませんけど、彼女興奮させるようなまねせんといてください」
めがねのおくの、かみと同じ色の目が細くなる。
「興奮? 冗談だろ。歩けなくなるほどクスリ漬けにしといて、どんな興奮するってんだ」
がんこな牛みたいに、油小路さんはあたしの前からどかない。
「治療方針にご不信なら、ドクターと話してください。あなたにそんな権利があるならですけど」
鴎さんはあごを上げて、ずっとずっと大きい油小路さんをにらむ。まじめなサラリーマンは消えて、すごく悪い人っぽくなる。
「てめえ、おれとまともに口聞けるなんて勘違いすんなよ、この白豚」
かくっと音をさせて、油小路さんは口をとじる。
鴎さんはますます悪い人っぽく、
「あれが医者ってか? いいか空気デブ、本気で思ってんだとしたら、てめえの頭ん中はくさったおからだ、ああ?」
油小路さんのむねを人さし指でつっつく。とたんに大きい油小路さんはぐらっとよろけて、後じさる。
鴎さんは横につばをはいて、上とうなスーツのそでで口をふく。
「さてはてめえも、この子に私的な興味をお持ちのお一人ですか、このくされカブトムシの幼虫が。だったら、おれのそばで呼吸してんじゃねえぞこら、その豊満ボディ高野豆腐みたいに穴だらけにすっぞ、ハゲカスタコ」
「やめて!」
あたしはさけぶ。さけんだのはここに来てはじめてだ。くらっと目の前が暗くなりかける。
「えりすちゃん」
「ソーニャ」
気がついたら、ふたりがいっしょに両わきにしゃがんで、いっしょにあたしを見ている。
あたしは左手で鴎さんのうでをつかむ。
「鴎さん、油小路さんに悪口いわないで、この人はとてもいい人だよ。はげてないし」
あたしをふりはらって立ち上がり、鴎さんはくるっと向こうを向いてしまう。
あたしは右手で油小路さんのうでをつかむ。
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