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「どっちがどれだけ悪いのかって、かぶせ合うのは不毛だね。そんなの、喫茶店のレジの前で、『あたしが払うわ』『いえいえここはあたしが』って押し問答してる、昼下がりの奥様たちと同じだ。そういうのはいらないんだ。僕がここに来たのはね、ただ真実のためだ。もちろん、警察とか裁判とか、大人の無能なシステムとは一切関係がない。僕が欲しいのは、マジで本当で実際のところの真実だけだ」
鴎さんのいうことは、あいかわらず半分もあたしにはわからない。あたしがわかってないのを知ってるくせに、ぺらぺら話しつづける。それもあいかわらずだ。
「僕はひとつ、仮説を持ってきた。君はそれを聞いて、合ってるのか間違ってるのかだけ教えてくれ。そしたら、僕は晴れやかにここから出ていく。あ、あの君の忠犬でぶ公が出してくれないかもしれない……まあ、それならそれでいいや。ここで朽ち果てるのもすてきそうだ。でもソーニャ、心配ご無用、まずそんなことにはなるまいよ」
「え」
あたしはほとんど上の空で返事する。鴎さんだって、あたしが聞いてなくてもわかんなくてもどうでもいいんだろう。
「あのまんまる君、僕の言うことならなんだって聞くね。さっきはかろうじて平静を保ったけど、心の中じゃ、僕にむしゃぶりつきたかったに違いない。素朴な好青年の着ぐるみの奥に燃える、例の炎は隠せなかった。あ、こんなこと言ったら傲慢が過ぎる? 僕を嫌いになる? ソーニャ」
「ううん」
あたしは首を左右にふる。鴎さんが人の気持ちをわかるのはほんとうだ。でも、わかるからって、思いやりがあるとかそういうことじゃない。わかることをいじわるの道ぐに使うばっかだ。油小路さんがそれでうれしいんなら、別にいいんだけど。
「まあ、あんなシロサイどうでもいい。本来の目的に戻るぜ。疑問に答えてくれる代わりといっては何だけど、僕は外の情報をいくつか教えたげる。例えば……」
くるっと黒目をまわし、人さし指で自分の頭をとんとん、ってたたいた。
「樋口の頭がい骨はやっぱり分厚い、とかね。どうやらやつは今回も持ちこたえそうだ。二、三ヶ月経てば、けろっとした顔で退院するよ。どこまで悪運の強い男だろう」
「ひぐち……」
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