113 世界で一番君が好き

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113 世界で一番君が好き

「姫野君。この書類お願いするね」 「はい!」 「あとさ、今度上場する企業で君の話していたベンチャー企業の事さ。後でもう少し詳しく教えて欲しいんだよ」 「わかりました。では後で」 彼は早速パソコンに向かい、この書類を的確に処理した。 ……もう終っちまったな。 その時、彼のスマホが鳴った。 ……やっぱりな。思った通り値上がりしたか。 こうして彼は席を立ち、ビルの屋上に上がった。 東京は今日も真夏日だったので、彼は日陰にそっと腰を掛け、電話をした。 「ああ、俺だけど。どうしよう、会社の人が例のサービル企業の話を聞きたいっていうんだけど、どこまで話す?」 『全部話していいんじゃね?それで買うかどうかは会社の人が決めるんだからさ、それよりもこっちの会社だよ……』 双子の兄弟は持ち株について話をし、電話を切った。 ……暑いな。 灼熱の東京のビルの屋上。スーツ姿の姫野空はじっと空を見上げていた。 この日は仕事を5時で終えた空は、大地の待つマンションに帰って来た。 「おつかれ」 「おい、大地。お前、ちゃんと話してくれないと困るじゃないか?今日、急に他の会社のお姉さんに話掛けられて、まいったよ」 「ごめん、言うの忘れてた。なんか付き合ってくれってしつこかったでしょ」 「全くもう。でさ、どうだった?今日の値動きは」 本日の株チェック係りの大地は、空にパソコンのデータを見せた。 「……見ての通りだけど。俺はもうここは手を引いた方が良いと思う」 「んだな。やめよっか!俺、風呂に入って来る」 そういって空は、着ていたスーツを脱ぐと、Tシャツとハーフパンツに着替えた。 「じゃ、行って来るよ」 「ああ」 こうして空はエレベーターに乗り、地下へと進んだ。 チ―ンという到着音に下りた彼は、いつもの温泉大浴場へと進んだ。 住人は無料なので、彼は顔パスで風呂へ進んだ。 ……ああ、気持ちいいな。 大学生でありながら、株で富を得た双子達は、その資産を温泉付きのマンション暮らしに使っていた。 ……でも、やっぱり洞爺湖が一番だな。 慶応大学に通う空と大地は持ち前の人懐こさで、大学二年生にして全サークルを束ねる係りになっていた。 この顔の広さを知った企業は、彼らを社に招き入れようと必死になっており、双子はこれの対策として一先ず証券会社に席を置き、他社の勧誘を免れていたのだった。 大学生でありながら、インターンの名の元、給与もゲットしていたが、自らの株取引もあるので、会社には内緒で、入れ替わって来社していたのだった。 温泉で汗を落とした空は、相棒が待つ自室へ戻った。 今日の取引を終えた大地は、ゲームをしていた。 「あのさ。今度いつ洞爺に帰ろうか」 「そだな……いつでもいいけどな」 空はちらとカレンダーを見つめた。そして冷蔵庫から水を出し、ごくごくと飲んだ。 二人は一卵性双生児であり、性格も非常に似ていた。 だから話さなくても意志が疎通しているので、二人きりでいると自然と無口になっているのだった。 「今度の休みに帰ろうか。ばあちゃんになんか買ってさ」 「そだね。美雪には?」 「いらねえべ。あいつはネットで何でも買ってるし」 「そだね。兄ちゃんには?」 大地の声に、空はふうと溜息を付いた。 「いらねえよ。それに……逢えないし」 こうして双子は、証券会社の仕事も適当に済ませ、実家の洞爺湖畔に帰省した。 「まあ。まあ。二人とも、なんか痩せて岳人かと思ったべ」 自分達の顔をみるなりそんな事をいう祖母を二人は抱きしめた。 「ばあちゃん。俺は?」 「大地だ」 「俺は?」 「残っているのは空だべ」 祖母はそういうと彼らの頭を撫でた。 「ばあちゃんは何でもお見通しだ。ハッハハ」 彼らの祖母は元々、兄と双子の見わけが付いていなかったので、彼らはこれを許した。 「岳人は、帰って来てるの」 「ぜーんぜん。顔は見取らんね、さあ、家に入るべ」 少し背が曲がってきた祖母を優しい双子は家の中に誘った。 その夜、父と酒を交わし朝遅く起きた双子は、湧き水を汲みに行くという母に無理やり付き合わされた。 「俺、頭痛いんだけど」 「何を言っているの。せっかく免許取ったんだからさ、運転しなさい」 母に即されて、大地が湧き水スポットまで運転してきた。 「ほら、着いたよ」 「お前達も行くよ。水は重いんだから。そのポリタンクを持って」 人使いの荒い母に苦笑しながら、双子は母に付いて行った。 一つ目のポリタンクが満杯になったので、母を残して双子はこれを一緒に車まで運んで行った。その時……。 「おい。空。みろよ、あの車」  駐車場には黒いフェアレディZが停まっていた。 「札幌ナンバーだし、あれって岳人かな」 「し!来た……うわ?女連れ?」  兄の岳人はダッシュして自分の車に乗ろうとしていた。 この様子に、双子は何の合図も無しに、スーパーダッシュをした。 「はい!兄ちゃんみっけ」 「うわ!?お前は、大地?」 「はい!こっちの彼女も確保」 「きゃ?同じ顔が二人?」 驚く彼女に、双子の方がびっくりした。 ……あの岳人の彼女? ……あんなにセクシー系が好きだったあの兄が? 眼の前の清楚な女の子に、弟達はびっくりした。 そして母がここに来て自己紹介をしたが、兄はこのまま帰ると言い出した。 ……大地、行くぞ。 ……当たり前だぜ。 「俺は、大地!あ?家まで来るんでしょ。こっちの車に乗って、さあ!」 「え?私は」 さあさあ、と二人は強引に彼女を車に乗せた。 運転は母で、後部座席のセンターに彼女を座らせ、彼らは両側を固めた。 「彼女さん。改めましてこんにちは」 「突然だけど、兄貴とはいつから付き合っているの?」 すると彼女は、目をパチクリさせた。 「お仕事仲間ですの。私がお盆で何も予定がないので、ドライブに連れて来て下さったのですわ」 「仕事仲間……君も夏山愛生堂の社員なの?」 彼女は首を横に振った。 「派遣社員です、私はお掃除の仕事です」 「掃除?」 この職業に空は思わず声を大にしてしまった。 ……確か岳人って、北大の同期の女と付き合って無かったっけ。 「あの、何か?」 「いえ。別に……」 前カノとずいぶん異なるタイプだったので、弟達は不思議に思った。 「皆さま、私は姫野さんの彼女ではございませんの。誤解なさらないで下さいませ」 そう朗らかに話す彼女があんまり可愛らしいので、空も大地も思わず微笑んだ。 「だって。姫野さんはとても優秀なエリートですもの。私のような、一清掃員を恋人に選ぶ訳ないですし、そのような誤解をされると、きっとお嫌ですわ」 そう謙虚に話す彼女は、良く見ると品に溢れた美しい女の子だった。 「だからご安心くださいませ!ね?」 「あ、ああ」 「そだね、あははは」 この車の背後には兄の車がぴったりと付いていた。 先に姫野家に到着した実家組は、水を下ろして岳人とその彼女を家にあげる用意に急いだ。 若い小花は、庭にいた祖母と仲良く歓談していた。やがて兄は小花と一緒に実家に入ってきた。 久しぶりの家族団らんだったが、小花という兄のガールフレンドがこの場を緊張させていた。 しかし、この緊張を父と妹が壊して行ったので、家族の底力を、肌で感じていた。 彼女ではないといいつつも、こんなにデレデレした岳人を見るのが初めてだったので、家族はものすごくドキドキしていた。 他愛もない話をしたが、彼らはもう帰ると言い出した。 「……兄ちゃん。本当に泊まってよ」 「そうだよ。俺達の相手をしてよ」 甘える二人に、兄はふうと溜息を付いた。 「そうしてやりたいが、明日も仕事で時間が無いんだよ」 ぶうと膨れた双子に、兄は、肩を落とした。 「……今度東京に出張に行くから、その時また連絡する」 このセリフに双子の顔はぱっと明るくなった。 「よし!絶対連絡しろよ」 「じゃあ、帰っていいよ。あ、あのさ、兄ちゃん」 呼び止めた大地に、岳人は振りむいた。 「あのさ。小花さんさ、自分の事『一清掃員』っていってたよ。兄ちゃんが恋人にするはずないって言ってたよ」 「そう、か」 兄が帰った夜、双子は屋外に椅子を出し洞爺湖をぼおっと望んでいた。 そこへ母親のみどりがやってきた。 「最近はどうなのさ、大学やバイトは?」 双子は株で儲けた事を両親には話さず、金の良いバイトをしていると説明し、生活費と学費を自分達でねん出していた。 「あそこの大学は毎日行かなくてもいいんだ。それに……最近は職業体験みたいのをしているよ」 大地の話に、母はふーんといい、持って来た椅子に腰を下ろした。 「こっちに帰って来ても大した仕事がないからさ、お前達は好きな道に進んでいいからね」 母の話に、空は大きな月を見上げた。 「わかっているよ。今は何の仕事をするか、迷い中なんだ」 そんな息子達に母はぼそと話出した。 「母さんはね。お前達はどんな事をしても生きていくだろうから、経済的な心配はしてないんだ。それよりも、お兄ちゃんがいなくて寂しいんだろう?」 「母さん……」 母の言葉に、大地が振り返った。 「お前達は仲がいいからさ。なんていうか、友達も要らないだろうね。お互いをよくわかっているし、他人じゃないから気を使わなくて済むし、でもさ。やっぱりお兄ちゃんが一番好きだもんね」 「好きってわけじゃないけど。いないと何か、こう、さ」 恥ずかしそうに話す空の頭を母はポンと叩いた。 「でもさ。いつまでもお兄ちゃんに甘えていられないもんね。岳人のやりたい事もあるしさ。それに見たかい?今日の岳人の顔!」 「ハッハハ。意外だったよな。ああいうタイプって」 「いや。よーく考えたら、ありかなって俺は思ってた」 「まあ。今後の進展がどうだかね。美雪に言わせるとかなり本命だっていってるよ」 するとこの場に、美雪がやってきた。 「なーに楽しそうに話してるのさ。あ。お兄ちゃんの話でしょ?今度さ、美雪お兄ちゃんのマンションに行ってチェックしてこようかな」 「やめとけよ。口聞いてくれなくなるぞ」 「あ!流れ星………」 空の言葉に夜空を見上げたが、キラキラとしか分からなかった。 しかし、双子はさみしい思いになった。 そんな夏の日の後日。 東京に出張にやってきた兄の岳人が仕事を終えた夜、空と大地のマンションにやってきた。 「お前ら……こんな高級な所に住んでいるのか?」 「借りているだけだよ。だって経費がないから税金かかって仕方ないんだ」 「それよりも兄ちゃん。この場面なんだけどさ、どうやって進めないんだよ」 「……だから!俺はもうゲームはしないといったろ」 「いいじゃん、教えてくれるだけでいいから、ね!」 「そうだよ!夏に逢った時は彼女に夢中で俺達に全然かまってくれなかったじゃないかよ」 不貞腐れている弟達に、彼は肩をすくめた。 「だから今夜は泊まりに来たじゃないか。明日の昼までに帰るから、それまでは付き合ってやるよ」 上着を脱いだ兄に、二人の顔がぱっと明るくなった。 兄を真ん中にし、三人でくっついてソファに座り、ゲームを始めた。 昔のように仲良くゲームで盛り上がっている時に、空から仕掛けて行った。 「……ところでさ。あの女の子とまだ付き合っているの……あ、やばい!落ちた」 「空は何をやっているんだ……そこじゃない……ああ、一応な」 「一応ってどういうこと……くそ!またやっちまった」 「大地はちゃんと空に動きを合わせてないぞ!……一応とはそのな……あいつはまだ19だから」 「「19歳!?」」 「二人して耳元で大声出すな!仕方が無いだろう、たまたまそういう年齢なんだ……それにまだ学生だから俺は待つ事にしたんだって……なんで一時停止しているんだ?」 いつの間にかゲームの手を止めていた双子は、兄貴の顔をじっと見ていた。 「待つってさ……何を待つわけ?」 「もしかして。まだ仕事仲間なの?……あ、図星か?これ」 「うるさい……あいつは不器用なんだよ。だから卒業するまで告白をしないつもりだ……なんだ?何がそんなにおかしいんだ?」 恥ずかしそうな兄を見て、双子は腹を抱えて笑っていた。 「ごめん。あんまり兄貴らしいからさ」 「あーあ。涙がでた、そうか、待つか……俺はやっぱり岳人が好きだな」 空の言葉に、大地も頷いた。 「俺も!世界で一番岳人が好きだな……あ?でもお兄ちゃんが好きなのは、すずちゃんか。くそ!じゃ、俺もすずちゃんが好きー」 「俺もー!すずちゃんもらう」 「お前達、おかしなことになっていないか、あ?返せ!俺のスマホ」 「暗証番号は、5910《がくと》で……あ、何このすずちゃんの寝顔写真!」 「見せて!見せて!」 真っ赤な顔をして照れているのか、怒っているのかよくわからない兄は、弟達に向き合った。 「まったく。お前達は大学生にもなったのに。落ち着きが皆無に等しい。どうせ入れ替わって暮らしているんだろうが、大学の単位は大丈夫なのか?ちゃんと上手くやれよ。それに大地……お前、また自分で髪を切ったろ?変だぞ、それ。空は笑っているけどな、知っているなら直してやれ!お前の分身だぞ?もう、お前たちは……」 都会で成功している双子達は、ガミガミと話す兄に目を輝かせていた。 どんな美辞麗句よりも兄のお説教が嬉しかった。 熱帯夜の東京。兄が来た今宵はマンションから見えるこのクリスマスのイルミネーションみたいな夜景が、空と大地には星空を映す洞爺湖に感じた。 洞爺湖畔生まれの仲良し三兄弟は、時を忘れて朝までゲームに興じていた。 完
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