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117 脱出せよ!夏山編
「また慎也社長が言い出したぞ。今度は脱出ゲームだそうだ」
夕暮の中央第一営業所に社長室から戻って来た姫野は、そういって持っていた資料をデスクにほおり投げた。
「……どこかで聞いたような」
「そうです。先日鈴子がチャレンジしたアミューズメントパークです」
「なして俺達が行くんですか?」
風間の声に、姫野は目を伏せた。
「建物の外にクリアした人の名前がでるそうなんだ。これを見た社長が、宣伝になるから出ろと……まったく……はあ」
そういって姫野は頭を抱えていた。
「先輩……」
最近仕事が立て込んでいた姫野を風間は気の毒の思いながらそっと肩に手を置こうとした。
「いやー、楽しみだ!」
これにはさすがの風間をずっこけてしまった。
「楽しみ?なしてですか?」
「アハハは。俺はこのおかげで出張に行かなくて済むんだ!フフフッフ、あーあ。良かった良かった」
そういって嬉しそうに彼は両腕をうーんと伸ばしていた。
「風間、もちろんお前も出てくれるよな?」
「まあ。いいですけど、他のメンバーは?」
「俺とお前だろう。あとは松田さんと……」
「俺は行かないぞ!?腰が悪化するし」
石原は慌てて読んでいた新聞で身を隠した。
「……確かに戦力としては乏しいものな。参加するからには俺は絶対クリアしたいんだよ」
「別にうちの営業所だけじゃなくても、他の部署の若い人を誘った方がいいんじゃないですか」
うーんと考え込んだ姫野は、とにかく小花をここに呼べと松田に指示をした。
「お待たせしました!石原さんがギンギンドリンクをこぼしたって伺ったんですけど」
ぞうきんを片手に息を切らしてやってきた彼女に姫野は済まなそうに肩を落とした。
「おお?忙しい所悪かったな。……それはもう掃除をしたがまだ少しベタベタしているかもしれないから良く見てほしいんだ。あのな、実は……」
姫野は脱出ゲームの経験者の彼女に、その内容を聞いた。
「そうですか。詳しくはネットに載っているかと思いますが、私達は犠牲者を出しながら進んだんです」
伊吹の通う里美中学校PTAの生活安全部の仲間を置き去りにしながらクリアした物語を彼女は説明した。
「それに。部屋は他にもあるようですし。最後にあのボルタリングの壁を登れないと無意味なんですよ」
「そうか……やはり部長も参加ですね、これは」
顎に手を当て考えるポーズの部下に、石原はバサと新聞を下ろした。
「お前!絶対俺の事、犠牲にするつもりだろう?」
「勝利のための礎ですからね。これは部長にも出ていただきます。それに鈴子。お前もだ」
「私ですか?私は夏山の社員じゃありませんよ。ねえ。風間さん」
「俺もそう思っていたけど。いつから正社員になったの?」
「待ってお二人さん。姫野係長は小花ちゃんに道案内をさせるつもりじゃないの?」
「いやいや違います。ただ一緒にいたいだけですよ」
「真顔だし……本当に先輩って素直っていうのか、なんていうのか」
呆れているみんなに、姫野は持論を展開した。
運動神経の良い人を集めた即席チームよりも、多少年を取っていても気心知れている仲間の方が戦いやすいと説明した。
「お前もそう思うだろう?」
そんな事を言っても、小花は出会ってまだ数回の人と力を合わせてクリアしたので、なんとも言いようが無かった。
しかし。姫野の意志が固く、みな断るような用事も入っていなかったので、結局彼らはアミューズメントパークに集結したのだった。
「伊吹君も来てくれたのか?」
「はい!勉強の息抜きです。よろしくお願いします」
その頃、小花は背後で入念にストレッチをしていた。
「それでは俺達夏山愛生堂チームで挑戦する!キャプテンの俺に指示に従ってもらうぞ。いいですか。部長、風間、鈴子。そして松田さん、伊吹君で、俺を含めて6名だ。全員でクリア目指して行くぞ!夏山愛生堂にはー―ー―――?」
愛がある!と声をそろえた彼らは、スタートのドアへと進んだ。
始まった第一ステージの最初の部屋はただの白い壁でできただけのなんの造作もない部屋だった。
『この部屋の壁の一部が光った時、これをタッチして消して下さい……くりかえします』
「みんな!打ち合わせ通りにするぞ!各自の位置に付け!」
小花から内容を聞いていた姫野が立てた作戦で、みな担当の位置に立った。
『3、2、1、スタート!開始です』
アナウンスと声と同時に音楽が流れ出し部屋は、壁の一部がポ、ポと赤く光り出した。
「うわ?結構早い」
「いいから黙って押せ!」
そうこうしているうちに天井や床も光り出してきた。
天井は風間が担当し、どんどん消して行った。そして床は姫野と伊吹が担当だった。
「あ。そこだ!」
「ぐえ?」
壁の光に気を取られていた石原は、姫野のドンとキックを入れた場所に突っ立っていたために足を思い切り踏まれてしまった。
「ぼやぼやするな!集中しろ、そこだ!」
「ひい!」
光った所を踏むゲームなのに、石原は光った所から逃げるという事に必死であったが、結果的にこれは姫野の動きやすい事につながったのでこれは容易にクリアとなった。
「ほら、開きましたわ、こっちですよ」
経験者の小花に連れられた一行は次のゲームに挑戦した。
『制限時間内に部屋から脱出して下さい。3、2、1、スタート!』
「姫野さん。ここ、ここですわ。スイッチは」
そんな事を言っている間に、松田と伊吹はさっさとスイッチの重しになるブロックを集めていた。
「よっしゃ。小花ちゃん。俺達は先輩に任せて部屋から出ていようよ」
「そうですわね。さ、伊吹君もよ」
誘われていない石原もこのゲームは姫野と松田に任せて、部屋の外に出て待っていた。
「松田さん……そのブロックを」
「はい。どうかな……まだ積むの?」
『残り10秒です、9、8、7……』
「せんぱーい。まだですか?」
「もう少しだ。あ?」
ガランガランとブロックが崩れてしまった。
「姫野君!私はいいから、早くでて!」
「すみません!」
部屋に残りドアを開けるボタンを押してくれた松田を犠牲にした彼らは、この部屋をクリアした。
「……後味悪いっすね」
「そうでしょう風間さん?だから今度は私が犠牲になるわ」
「だめですよ?小花さんを犠牲にするなんて僕には出来ません!なるなら僕が」
「おいおい若人よ。オジサンをみそこなっちゃ困るな?今度が俺に任せろよ、な?」
一生懸命犠牲になろうとしている仲間に、姫野は手をパンと叩いた。
「いいか?ここからだ!しっかりやるぞ」
そんなこんなで彼らは次の部屋へ進んだ。
「鈴子の話だと、ここはクイズだよな……あ?」
彼らが部屋に入ると急に照明が落とされ真っ暗になった。
「うお?」
「部長!黙って!」
『迷える者よ、光の先へ進むが良い、迷える者よ……』
アナウンスの不気味な声が部屋に響き、天井から一筋の光が指してきた。
「光りの先ってなんだ?」
「姫野さん!良く見て下さい、床に鏡がありますよ、ほら」
暗闇に目が慣れてきた伊吹は部屋にあった鏡を見つけ、これを光に当てた。
「伊吹君、そのままにして、先輩。この光にも鏡がありました」
天井から斜め下に向かって落ちていた光は伊吹によって反射され、風間が見つけた鏡に当たっていた。
「よーしいいぞ……今度は部長です。光の先の鏡を見つけてください」
ここにも鏡を見つけた石原はこれを光に当てると、その先に部屋のドアがあくボタンを見つけた。
「押してください。あ、電気が点いた。もう大丈夫だぞ、鈴子」
「はい」
部屋が明るくなるとそこには暗闇を怖がっていた彼女を胸に抱いていた姫野がいた。風間はこれに蹴りを入れた。
「何やってんですか先輩!」
「痛いじゃないか?仕方がないだろう、怖がっているんだぞ」
「どさくさに手まで繋いで?もう!伊吹君もいるんですよ!」
「おいおい。疲れるから次に行こうぜ。な?」
こうして犠牲者無しで次のステージに向かった。
次のクイズは姫野と伊吹でクリアをし、お次の部屋では歌うミッションだったが、これは石原が得意の喉で難なくクリア。そしていよいよボールプールの部屋になった。
「よし!こっちにボールを寄せろ!早く」
部屋の隅にあった小さな出口を発見した彼らは腰の高さまであるボールを脇に寄せていた。すると姫野は出口を囲むように腰を落とした。
「風間も手伝え!俺達が背でボールを堰き止めるから!今の内に、出口の蓋を開けて部屋から出るんだ」
「そうか。ありがとさん」
そういって石原は出て行った。
「俺達は?」
「……俺は最後に出る。悪いが小花、伊吹君と出てくれ。早く」
二人を逃がした姫野は、風間を行かせる時に声を張り上げた。
「いいか?お前が急に動くとボールが出口を塞いでしまうから、俺は足を突っ込んで出口を塞ぐ!だからお前は向こう側から俺を引っ張ってくれ!」
「わからないけどやってみます!」
ボールを堰き止めていた風間が動いたので一気にボールが出口を塞ぎに襲って来た。しかし狭い出口を通っていた風間の所に姫野の足が本当に突っ込んで来た。これを伊吹と風間が引き、結果的に出る事が出来た。
「でもボロボロですわね」
「いいんだ、さ。これが壁か……」
最後の砦であるボルタリングの部屋の壁に原色の石が配置されており、参加者はこれを必死に登っていた。
「鈴子。これを登ればいいんだな」
「そうですけど……以前と石の場所が違うみたいですわ。これは普通の人には登れないですよ」
確かに。命綱を付けてプレイしている参加者は、次々に壁から落ちていた。
「パチンコの台みたいだな。登れないようにいじったのかな?」
「私はなんとか行けますけど」
「僕も。塾があるビルにこれがあって。気分転換にやっているので」
「俺も恐らく行けると思う。問題は風間と部長だな……」
姫野は見本で小花に行ってくれと話した。
「……いいえ。私はここに残って下から指示を出します。その方が良いと思うわ。それにこれ以上犠牲を出したくないの」
この固い決意に根負けした姫野は彼女の頭をポンと叩いた。
「分かった。では伊吹君と風間だ」
そして命綱を付けた伊吹は、後続に風間を伴い登って行った。風間は伊吹の通った後を辿り登っていた。
「風間さーん。もう少しよ!」
……握力が、もたないよ?あ……。
手が滑り落ちそうになった風間の腕を、伊吹が掴んだ。
「風間さん……あきらめないで」
健康食品のタイトルみたいなセリフだったが、これに奮起した風間はなんか壁を登りきった。
そして姫野は先に石原のぼらせた。下にいる彼は右だ左だと石原に指示を出
し、彼を登らせて行った。
「ダメだ。姫野。俺の足があの石には届かない」
「俺の頭を踏んで下さい、ほら早く!」
「いいの?」
「いいから早く!」
こうして石原は上までなんとか登って行った。
「鈴子―!お前も早く来い!」
「言われなくても参りますわ……」
彼女は持参したマイシューズを穿きながら、登るルートを目で追っていた。
『さあ。ただ今挑戦中のチーム。最後に残った女性が命綱を付けました。果たして彼女はこの難関不落の鉄壁を登ることができるのでしょうか?』
スタッフの男性がGOのサインを出したので、小花は石に手を掛けた。
『おおっと!すごい早さだ!すいすいと登っています!ああっとしかし!
ここでブレーキです!』
……やはり腕を伸ばしても届かないわ。
先ほど石原の手が届かなかった石は、彼女が腕を伸ばしても制作者側の黒い意思により意地悪に設定されていたのだった。
『参加者はみなこれに届かず落下しているポイントです!さあ、彼女はどうするのか』
「鈴子!今助けにいく」
「来ないで!そこにいて!!」
必死に壁の石につかまっている彼女を助けに行こうとしていた姫野を風間が制した。
「先輩。小花ちゃんを信じてここで待ちましょう」
「くそ……鈴子よ」
「でも。小花さんのリーチじゃ届きませんよ。どうするんだろう」
『おおっと!彼女はこの石を掴むために、足場を変える事を選択したもようです。さあ、これも遠いが届くのでしょうか……すごい柔軟性で……ああ!届いた!届きました。一気に行ったーーーー!』
うおーという歓声に包まれた夏山軍団は、最終ステージにやってきた。
「まあ。弓じゃ無くなっているわ」
「し!静にしろ」
入った部屋はうす暗く、奥には宝箱とモンスターのイラストが見えた。
『よくぞここまで来たな……宝は欲しければワシを倒してみよ』
しかし。ゾンビに扮したスタッフ数人がこれを守っていた。
「前はあんな人はいませんでしたわ?」
「何がなんでもクリアさせない気なんだ。何か……倒す方法が有るはずだ」
すると伊吹が部屋の奥にあったバイクを発見した。
「あれって、コードが伸びているから……あのバイクを漕げば部屋の電気が点いてゾンビが動かなくなるんじゃないですか?」
小花が前回挑戦した時に、健脚爺さんが一人で漕いで電気を発電させてクリアした部屋が合った事を思い出した彼女は、これに飛び乗り漕ぎだした。
「みんな!鈴子を守れ!」
襲ってくる鈴子をゾンビから守った彼らの部屋は、だんだん明るくなってきた。
「くーーーー」
必死の鈴子のおかげで、部屋の照明が付き、ゾンビは倒れていった。
『ミッション。オールクリア』
「はあ、はあ。宝箱を……開けて下さい」
「おう!やったぜ。見ろ?出口も開いたぞ……」
嬉しそうに部屋を飛び出した石原を他所に、姫野、風間、伊吹は小花の元に駆け寄った。
「大丈夫か?歩けるか」
「フフッフ。これくらい大丈夫ですわ」
彼女は額の汗を拭き、しっかりとした足取りで部屋を出た。そこには松田がみんなの飲み物を用意して待っていてくれた。
「お疲れ様―」
待ちくたびれていた松田はバイトのゾンビスタッフとお喋りをし、仕掛けの秘密を聞きだしたと説明した。
「そもそもね。脱出ゲームって脱出できないように作ってあるんだって。でもほら、オープンしたての頃、小花ちゃんとバーマンさんがクリアしちゃったでしょ?難関不落をイメージしていたのに女の子二人にクリアされたので、一層難しくしたって話よ」
「そうでしょうね。どの部屋の制限時間も短くなっていましたし。あの壁の石の配置もおかしいですもの。私も伊吹君が通ったルートを見てから登ったのでクリアできましたが、他の人だったら、あのコースは通らないと思います。セオリーに外れていますもの」
「だって風間さんや石原さんが登れるルートは、あそこしかないと思ったので」
「まあ。全員、力を合わせて出来たということだな!さすが俺の部下だ。よーし。ここは三本締めで終るぞ、よーーーお?」
パパパン、パパパン、パパパンパン!
「「愛!」」
パパパン、パパパン、パパパンパン!
「「愛!」」
パパパン、パパパン、パパパンパン!
「愛――!やったぜ―さ、帰ろう……あーつかれた……」
こうして着替え室で着替えて出てきた小花達に、他の参加者の男性達が声を掛けてきた。
「恐れ入ります。あなた達はクリアされた方々ですよね?自分達は何回チャレンジしても失敗しているんですが、どうすればクリアできるんですか?」
「……鈴子。教えてやりなさい」
「そうですわね……愛ですわ」
「そう!愛が有れば、クリアできますよ!ねえ、伊吹君」
「風間さんの言う通りです」
彼らの笑顔に、相談者は溜息を付いた。
「完敗です!やはり本物は違うな……」
他の参加者の驚嘆の拍手に包まれて彼らは玄関の外に出た。
「さあ。どこに飲みに行く?仕切りは風間だぞ」
「部長、また俺ですか?そうだ!小花ちゃん行きたい所ない?」
「汗をかきましたので私は温泉に行きたいです、ね、松田さん」
「ええ。私見ていただけで疲れたもの」
「風間。ジャスマックプラザの温泉か、桑園にある温泉に行こう」
「風間さん、僕はどっちでもいいですよ」
夏山愛生堂の仲間達は風間に任せて、心地よい風を浴びていた。
「鈴子。楽しかったかい」
「はい。誘ってくださいまして感謝申し上げますわ」
「こっちこそ感謝する。お前がいないと無理だった」
「そんな事ないですわ」
「……そもそも。お前が参加しないと俺は来るつもりなかったぞ」
「プ!ひどい?本当に姫野さんて卑怯です……フフフフ、ねえ?そう思わない?伊吹君」
「僕もそうでしたけど?」
「ハハハ!俺達みーんなお姉ちゃん任せだし?ハハッハー」
まったくと腰に手を当てた小花は、嬉しそうだった。
夏の夕焼けは綺麗なオレンジ色で、彼女の頬を染めていた。
夏山愛生堂には今日も愛がつまっていた。
完
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