124 忍んで行くぞ!

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124 忍んで行くぞ!

「今度は、アニメの制作発表か……でも、なんで俺達も出るの」 「さあ……ゲームのキャラと比較するとか何とか言ってたぞ」 東京池袋の駅の食堂で夕食を食べながらメールをチェックしていた姫野大地はラーメンを食べていた姫野空にスケジュールを説明した。 大学はまだ夏休みであったが双子は慶王大学の全てのサークル活動の長であったので、この雑務がたくさん入っていた。 「後は、会社があるもんな……どうしようか?」 「そうだな……」 しばし考えた二人は、会社の方は夏季休暇を取り、サークル活動は二人総がかりで挑み、短期でこれを処理する事にした。 こうして始まったアニメの制作発表は東京プリンセスホテルで開催された。 「すごい人だね」 「そうか?どれどれ……」 大地がステージからこっそりと会場を覗くと、たくさんの人が集まっていた。 「夏休みだからすごい人だ……今何時になった?」 「5時……開始は6時だから、まだ少し時間あるぞ」 「ふーん。俺、ちょっと会場に入って来る」 そういって大地は、会場内にやってきた。 本日のコスチュームではなく、地球防衛隊のTシャツを着た彼は、知り合いがいないかウロウロしていた。 ……ん?なんだあれ。 地球防衛隊のキャラクターの夏の女王の実物大の衣装が展示されているブースに人が大勢集まっていた。 これを不思議に思った大地は人をかき分けて中へ進んだ。 「あの、通して下さいませ!」 「写真だけでも!お願いします」 「あれは……」 彼女を見つけた大地は思わず駆け寄った。 「やっぱり?すずちゃんじゃないか?」 「あ、大地さん?そうか、ゲストで来ていたんですね」 「なにしてんの。ここで」 ゲームファンに囲まれていた小花を大地は思わず腕に抱えた。 「わかりません!私、この衣装を見ていたら皆さんに写真を撮らせて欲しいと言われて」 「……とりあえず向こうに行こう」 小花はこのキャラにそっくりなのでこれに気付いたファンにせがまれたと察知した大地は彼女を抱えたままここから退避した。 「はあ、はあ。助かりました、怖かった……」 人気の無いキャラの紹介コーナーで大地は彼女に訊ねた。 「ダメじゃないか。そして、兄貴は?一緒なんでしょう」 ううんと小花は首を振った。 「じゃあ、伊吹君がいるの」 ううんと小花は首を振った。 「誰と来たの?」 「一人です……お忍びで」 「一人?ええ?」 「あ。あそこにいたぞ、すみませーん。夏の女王さん」 小花はまたまた熱烈なファンに声を掛けられたが、大地はこれを断り急いでステージ裏の控室に連れてきた。 「え?すずちゃん。札幌から一人で来たの?」 「だって。姫野さんは忙しいし、伊吹君はお勉強ですもの。それに私だって飛行機くらい乗れますわ」 口を尖らせた彼女は、そういって帽子を外した。 「それはそうだけど……今夜はどこに泊まるの」 「姫野さんに内緒で来たので、トンボ帰りですわ」 「日帰り?マジで」 驚く二人だったが、開始の時間が迫ってきた。 「と、とにかく。会場では声を掛けられるからここで見てなよ」 「良いのですか、私がここにいて」 ああと二人は同時に頷いた。 「俺達の関係者って説明しておくから」 「……この入場証のカードを首に掛けておきなよ。ほら」 「はい。でもね、空さん、大地さん。鈴子もステージを見たい」 自分達はとても兄に似ているので、彼女がこれに気を許し甘えてくる事を承知していたが、それにしても可愛らしかったので思わず顔がほころんでしまった。 「ね!お願い!」 「……わかった、わかったよ、すずちゃん」 空は彼女に声優を紹介し、さらに関係者に頼んで最前列の席で安心して見られるように手配をした。 こうして始まったアニメのショーは夏休みの学生がたくさん集まり大変な熱気と興奮であっという間に幕を閉じた。 「空さん!大地さん!お疲れさまでした」 「楽しかったかい?」 「はい!あ、これ飲み物です、ええと空さん!こっちは大地さんに」 そっくりな双子を見分けている彼女に、ゲーム関係者は感心していた。 「君、すごいね。あのさ、どうやって見分けているの」 「見分けるって……口では何とも言えませんが、顔も違いますし、話し方や仕草も違いますよ」 「はい、はい。話しはそこまで!すずちゃん、帰りのフライトは何時なの?」 「そっか。最終便です、ええと、品川まで行けばいいかしら」 彼女がスマホでルートを検索している時、空が訊ねた。 「明日は土曜日だけど、今夜中に帰らないとだめなのかい?」 「……姫野さんにバレる前に帰りたいのです。それに、ホテルが取れなかったし」 この様子に空は大地の脇を突いた。 「おい、大地。どうする」 「……なあ、すずちゃんさ。飛行機はキャンセルしてさ。今夜はこっちに泊まりなよ」 「でもホテルが」 「スイートルームでもなんでも俺達が用意するから。それに仕事してから来たんだろう?羽田に行く前の電車で寝ちゃうに決まっているよ」 「いいえ。そこまでお世話になるわけに参りませんわ」 自分は絶対大丈夫!と言い張っていた彼女だったが、大地が控室のソファに座らせると眠ってしまった。 「……さて。これをどうするかだな」 会場にて帰り支度を整えた大地は、考え込んでいる空に訊ねた。 「このままこのホテルで空いている部屋で寝かせるもいいけど……一人じゃ心配だな」 「俺達も泊まればいいのかな?でもそれは……まずいよな」 何もするつもりが無いが、男二人と彼女一人ではさすがに体面が悪いので空は自宅マンションに連れ帰る事にした。 「うちは部屋も広いし。マンションの人には妹だって言えばいいさ」 「将来の姉さんだしね。それしかないか。よっし!」 二人は寝ぼけている彼女をなんとか歩かせタクシーに載せて自宅マンションに帰ってきた。 「兄貴のようには……いかねぇな」 「まあな。俺達岳人じゃないし」 空は荷物、大地は小花を背負い、自宅に戻ってきた。そして彼女をベッドに下ろし、ようやく一息ついた。 高級マンションには部屋がたくさんあったが、掃除が面倒なので全部を使っていなかった。今夜は空のベッドに彼女を寝かせたので、空はソファベッドで寝るつもりであった。 ……♪♪…… 「うわ?びっくりした?すずちゃんのスマホか」 「おい、見ろよ。これ兄貴だ」 小花を呼ぶ音はしつこく続いた。 「こんなしつこい事をやってんのかよ?嫌われるぞ、兄貴」 「俺もそう思う。やばいよ、これ」 そんな事とは知らない兄、姫野は、彼女は出るまで執拗に電話を鳴らした。 「これはあれだな。すずちゃんが家にいないのに気付いている感じだな」 空の話に大地は頭をかいた。 「どうする……あ、そうだ?」 大地は自分達から兄へ連絡をして、気を紛らわせようと言い出した。 「よし!今電話が切れたから……もしもし兄貴?」 『なんだ。空か?どうした』 電話の向こう兄の姫野岳人は、少しイライラしていた。空はいつものように話がしやすくするために、会話をスピーカーオンに切り替え、大地も話せるようにセットした。 「あのさ、兄ちゃん。ゲームで教えてほしい場面があるんだよ」 これは本当だったので、この間に大地がゲームの用意を終えていた。 『今はそんな事に構っていられないんだ』 「いいからさ、あの、海の場面なんだよ……」 必死の質問に、姫野も根負けし、ゲームの相談に乗り始めた。 「そうなんだけど……お兄ちゃんの言うのが、できないんだよ」 『そんな訳ないぞ、下に階段があるだろう』 「姫野さん……お水が飲みたい」 『水なんて関係無いぞ……あれ?今、鈴子の声がしたような』 「水。お水……」 「おい、大地!」 「うわ?」 いつの間にかベッドから起きて来た小花は寝ぼけて大地の背後に立っていた。 「……お喉が渇いたの……姫野さん」 大地を姫野と間違えている小花は大地の服をつまんでいた。 「……空。俺ちょっとトイレに行くから」 そういって大地は小花をキッチンに連れて行った。 『今のは……絶対鈴子の声だ……おい!空、お前どこにいるんだ!』 「何を言ってるの?東京のマンションに決まってるだろう」 この時。兄は自分達が札幌にいて、小花と一緒に過ごしているんじゃないかと勘違いしていると悟った。 『おかしい。絶対聞えた。今のは鈴子だ』 「え?飛行機のキャンセルですか?うわ、私まだしてない」 「し!静かな声で!」 「どうしてですの?」 『鈴子!おい、お前どこに』 この危機に空は電話を切った。すると今度は小花のスマホが鳴った。 「……どうする、空」 「出るしかないよ。すずちゃんを探して暴れるかもしれないし。良いよ、電話にでて」 「ふわぁ。頭がしっかりしませんが……もしもし」 双子が見つめる中、小花はスマホに応じた。 『お前。どこで何をしている?』 この時、時計を見ると夜の9時過ぎだった。小花に飛行機のキャンセルをさせたかったので、空は大地にこれを指示し、自分は観念し電話を変わった。 「代わりました。空です」 『……やはりな。どういうことだ?』 空は端的に状況を説明した。聞いていた姫野は黙って電話を切ってしまった。 「兄貴はなんだって?」 「知らね。黙って切りやがった、あ、すずちゃんは?」 大地は向こうのベッドで寝たと話した。 兄貴が相当怒っていると思った兄弟は、明日自分達も札幌に同行し、一緒に詫びようと話し風呂などに入っていた。 そんな夜。マンションのチャイムが鳴った。 「まさか?おい、これ」 インターフォンのカメラには、無表情の兄が映っていた。 「ど、どうぞ」 時計は13時。双子は恐る恐るドアを開けた。 「……鈴子は?」 「あの電話の後、寝ちゃったよ」 「そうか。世話になったな」 姫野はそういいながら部屋の奥に進んだ。 「そっちの部屋だよ」 「ああ」 部屋に消えた兄に、兄弟の心臓はバクバクしていた。しかし、兄はすぐリビングに戻ってきた。この怒りのオーラに弟達はびくびくしていた。 「お前達、明日の予定は」 「特に」 「ございません」 「もう寝ろ!話しは明日だ」 「「はい」」 小花を寝かせているベッドはキングサイズなので、たぶん兄貴は横に寝るだろうと思い、とにかく双子はベッドに入った。 そして翌朝。よく眠れなかった二人はひっそりと起きてテレビを付けた。 「おはよう……済まなかったな、突然来て」 「いいんだよ」 「心配だったんだろう」 彼女を見て安心したのか朝の兄は優しい顔に戻っていた。 「よく考えたら、俺が相手をしないのが一番悪かったんだ」 「俺達はいいけど、すずちゃんを怒らないでよ」 「そうだよ。お忍びで来たって言ってたぞ」 「そうか、ちょっと様子を見てくる」 そういって姫野は寝ている彼女の元に行き、その横に寝そべった。 ……そこまでして来たかったとは……気が付かなかったな。 あどけない寝顔にかかる髪を撫でた彼は、彼女の耳元に顔を埋めた。 「うん……寒い」 冷房で寒そうにした彼女に、姫野は布団をかぶせ自分の腕の中に入れた。 すると彼女はくるりと寝がえりを打ち、姫野の方を向いた。 「あったかい……ん?まあ、姫野さん?どうしてここにいるの」 目覚めた彼女を彼は抱きしめた。 「出張でここに来たんだ」 「……ごめんなさい。黙って遊びに来て。怒ってるでしょう」 胸の中で囁く彼女の背を彼は優しく撫でた。 「謝らなくていい。俺が悪かったから。でもな、心配したぞ……」 すると彼女は姫野の胸に頬寄せて呟いた。 「鈴子も一人で怖かった……空さんと大地さんがいて助かったわ」 「そ、か」 彼女は彼の胸元から顔をあげ超至近距離で彼を見つめた。 目を瞬きしている彼女の長い髪が、彼の顔にかかった。 「でも。やっぱり姫野さんと一緒が良いな……」 彼女はそう言うと彼の耳元に顔を埋めた。 「……鈴子」 姫野は愛しい彼女を抱きしめ彼女と頬を寄せた。 でもトイレに行きたかった小花はベッドから出たので、姫野もリビングに向かった。 こうして目覚めた四名は、地下にある温泉浴場でリフレッシュした後、マンション内にあるレストランで朝食を済ませた。 「あのさ、兄ちゃん、すずちゃん。俺さ風呂に入りながら考えたんだけど。今回のように遊びに来たかったらさ。遠慮なく来たら良いって思うんだ」 「大地さん」 「俺もそう思う。何でも兄ちゃんに頼っていたら、兄ちゃんも大変だし。それにすずちゃんは何でもできるよ。だからさ……そういう時は俺達に連絡してよ」 「空さん……」 「すずちゃん?俺達だって、姫野なんだよ?兄貴も少しは俺達を信用してくれてもいいと思うんだけど」 「鈴子……弟達がこういってくれるが、どうだろう?」 先ほどの朝風呂で彼女を束縛し過ぎと弟達に注意された姫野は、隣でサラダを食べていた彼女を見た。 「そうですね。私、姫野さんに頼ってばかりじゃ申し訳ないですし、心配も掛けたくないから……今度から何でも相談します」 「良かった……ホッとしたな」 姫野が肩を落とした時、空が小花にオレンジジュースのグラスを捧げた。 「ね、すずちゃん!これからもよろしくー」 「俺もよろしくー」 「私もよろしくー」 わーいと嬉しそうにグラスを合わせている三人に、姫野は一人コーヒーを飲んでいた。 甘えてばかりいた弟達が、愛しい彼女と楽しくテーブルを囲んでいた。 彼がそっと眺めたレストランの垣根の向こうは灼熱の東京の街が見えていた。 この暑さの中の空港までの移動は北国育ちの彼には気が重かったが、傍らで鈴のような声で笑う彼女と供に帰る旅に思え、思わず口角が上がるのだった。 そんな彼の衝動に油を注ぐように、関東の太陽は南へと上がり彼らに熱を浴びせていた。 124話「忍んでいくぞ!」完
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