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126 一心同体 掃除隊
「暑いわ……日陰もないし」
「真子ちゃんだけずるいわ。日傘なんて差して」
すると真子はくるりとこちらを向いた。
「いいじゃない?ちゃんとお掃除はしているんだから」
札幌駅の東に陣取る卸センターの昼下り。掃除道具を片手にした清掃娘達は、会社周辺の掃除に汗を流していた。
「まったく。市長が訪問するなんて、ついてないわ」
そういって清掃員の恵はぶつぶつ言いながらホウキで街路樹の落ち葉をホウキで集めていた。そんな彼女に声が掛かっった。
「そもそも。市長がこんなところに来るのが間違いなのよ。こんな古い卸センターなんか、JRに乗れば丸見えなのに」
そういう文句たらたらの明子に紗里が眉をひそめた。
「ところで明子ちゃん。仕事中にそうやってお化粧直すの止めてくれない?そのコンパクトはしまいなさいよ」
「いやよ!私、日焼けしたくないんだもん」
「みなさん、あのですね」
小花の話も耳に届かず、紗里は腰に手を当て、おめかししている明子にプンプン怒りだした。
「明子ちゃん。わがままもいい加減にして!小花ちゃんはね、さっきから皆に気を使って、日が当たる場所ばかり掃除しているのよ」
「え。そうなの小花ちゃん」
「うそ?恵も気が付かなかったわ」
「……小花ちゃん。ごめんなさい」
真子と恵と明子が申し訳なさそうにしているので、小花はそんな事ない、と手を振った。
「気にしないで下さい。それよりもお掃除しましょう」
「もう。小花ちゃんは優しすぎ!あ、ゴミ袋が一杯になったわ。新しい袋を持ってくるわ」
「私も行きます」
小花は紗里と一緒に掃除用の物置にやってきた。
「今、物置を開けるわね?『マナリクマハリタ!』」
紗里が声を発するとガチャンと鍵が開いたので小花はびっくりした。
「え?魔法みたい」
「イヒヒヒ。すごいでしょう?うちの会社の物置」
「すごいですわ。夏山のはただの南京錠ですもの」
「ホウキもたくさん入っているのよ。どんだけ掃除をさせるんだよって感じで、失礼しちゃわ」
「フフフ。紗里さん、行きましょう」
こうしてゴミ袋を手にし、二人は仲間の待つ花壇へ向かった。
「お待たせ!で、どう?その……ここで用を足す人は減ったかしら」
以前は『立ち小便するべからず』と看板が合った場所は、小花の手によって花壇になっていた。
「そう思うけど……土だから分からないわ」
「それに。これ……かなり土を盛っているものね」
この花壇は、小花の同僚の吉田の息子、太郎のプロデュースであったので、男性目線で拵えてあった。
「手伝ってくれたのが男性なので……この高さだと、しにくい、とアドバイス下さいまして」
この説明にここはこのまま触らずに、先へと掃除をしながら進んで行った。
市長の訪問は彼女達に余計な仕事を増やしていたが、見かけ重視の掃除は彼女達を笑顔にしていた。
「ところでさ。小花ちゃんって、まだ派遣さんなんでしょう?」
「はい。この夏、夏山さんは耐震工事でバタバタしているから。今だけお手伝いに来ているだけですもの」
「ふーん。実はね。私達。小花さんのおかげで正社員になったのよ」
掃除をしながら恵はそういって口角をあげた。
彼女達の話によると、卸センターの運動会で小花が大活躍したので、これを羨ましく思った他社は、積極的に若い女子清掃員を雇ったという。
「だから。私達はあなたのおかげで正社員になれたって事!」
「まあ。お役に立てたのなら、嬉しいですわ」
これを聞いていた真子が俯いた。
「でもね明子ちゃん。肝心の小花ちゃんが派遣社員って悲しくない?」
「まあ……真子ちゃんがそう言うのも分かるけど。こればっかりはね」
「夏山の社長さんの目は節穴よ!小花ちゃんはこんなに頑張っているのに」
怒りに震える四人の仲間に、小花はまあまあと手で抑えた。
「あ?車が来た……これは夏山さんの常務さんかな」
紗里の声に道を避けた一向に対し、運転している西條は、可愛い女の子達に手なんか振っていた。
「あんな事をしているから車をこするのね……あ?もう一台来ましたわ」
やってきたのは茶色のワンボックスカーだった。
「あれは野口さんです。コーヒー色なんだって。でも、私にはそう見えないの」
「そうね。私にお爺さんの股引の色にみえるわ……あ、もう一台来たわ」
黒いフェアレディZが小花の横で減速し、窓がウイインと開いた。
「……鈴子。暑いんだから水分をちゃんと取れよ」
「もちろんですわ。行ってらっしゃいませ。姫野さん」
「おい、ちょっと耳貸せ……」
「なんですの?」
彼女を傍に呼んだ彼は、その頬にキスをした。
「「「「イヤ~~~!」」」」
四人の仲間はこの熱々ぶりに黄色い悲鳴を上げた。
「もう!恥ずかしいですわ」
「体温を計っただけだ。ちゃんと水分を取れよ」
そういって彼は仕事先へ行ってしまった。
「……小花ちゃんの彼って夏山で一番の営業マンなんでしょ?いいな」
「はあ……私、もっとお化粧の勉強をしようっと」
恵と明子は頬を赤くしている小花を羨ましそうに見つめた。しかし。寸胴体形の紗里は空気を変えようと手を叩いた。
「みんな!私達はもっと小花ちゃんを見習わなきゃダメなのよ。まず明子ちゃんは、真剣に仕事をしないとダメよ」
紗里の上から目線の言葉に、明子は反論始めた。
「まあ失礼ね?それよりも真子ちゃんはカラーコンタクトで青い瞳にしているじゃないの。それはどうなのよ」
「個人の自由よ。それにメグちゃんはどうなの?スカートが短過ぎよ!」
「べーだ!あんたに言われたくないわ!」
「ちょっと。みんなやめなさいよ」
制止に入った紗里を三人はキッと睨んだ。
「そもそも。何よ?紗里って名前って。おかしいでしょう」
「両親が付けてくれた名前をバカにする気?」
「ふん。年が上だからって偉そうにしないでよ」
「そうよ、そうよ!良い気にならないで!」
「……よってたかたって……。いいたい事があるなら表にでなさいよ」
「アハハハ、ここはもう外でーす!あ、何すんのよ」
小花以外の清掃員はもみくちゃの喧嘩を始めてしまった。
「やめて?みなさん、止めて!」
「こんちくしょー」
「何すんのよ」
「こうしてやるー!」
「こいつめ!」
花の乙女達は髪を引っ張ったり足で蹴ったりの乱闘を始めてしまった。
「ど、どうしましょう……誰かを呼びに」
小花は人を呼ぼうと周辺を見渡した時、あることに気が付いた。
「みなさん。ちょっとアレ見てください。ねえ!あれ!」
「うるさい何よ?あ、あれ?」
小花の指したビルの3階では、窓から男が中へ入って行くのが見えた。
「え。あれはうちのビルよ。あの窓はたしか、女子更衣室だわ」
真子の声に、恵は指をポキポキと鳴らした。
「女の敵め……ぶっ飛ばしてやるわ」
「かよわい乙女の純情を……許せないわ」
そういって紗里はホウキを握りしめた。
「私、守衛さんを呼んで来る」
「頼んだわ真子ちゃん!私はまず、このコンパクトを反射させて、あいつの目を潰してやる!」
喧嘩の矛先を男に変えた鬼の乙女達は、そっと窓の下にやってきた。
「ねえ、この自転車って、きっとあいつのものね。これに乗って逃げようとしているんだわ」
「私。片付けてしまいますわ」
「気を付けて!小花ちゃん」
小花はこれを見えない場所に移し、戻って来た。
「……鍵も掛けて、ここにあります」
「そんなもん、投げ飛ばして、あ?隠れて!下りようとしているわよ……」
男は窓の下を確認すると、ゆっくりと下り始めた。やがて足は、二階を下りようとしていた。
「ねえ、助けはまだなの?仕方ない、明子ちゃん、今よ!」
「合点!これでも食らえ!」
紗里の声で、明子のコンパクトは太陽を反射させ、男の顔を光らせた。
「うわ?なんだこれは」
眩しさに気が付いた男は彼女達を見て驚いた。そんな男に乙女たちは怒声を上げた。
「おい!そこの変態野郎。生きて帰れると思うなよ!」
「お前の悪事はぜーんぶ見ていたのよ!警察に突き出してやるわ!」
仁王立ちの恵とホウキを振りまわしている紗里に驚いた男だったが、良く見れば若い娘なので、一先ず地上に下り逃げようとした。しかし明子の光攻撃でたじろんでいた。
「くそ!下が見えない……」
「あたぼうよ。私のコンパクトをなめんじゃないわよ!」
最高級の光を当てようと一人遠くから鏡攻撃を飛ばしている明子のおかげで、男はなかなか下りてくる事ができなかった。
しかし、とうとう手が疲れてドスンと地上にお尻から落ちてしまった。
ここに恵はガニ股で飛んできた。
「この野郎!」
「えい!えい!」
怒り心頭の恵のキックと、紗里のホウキ攻撃を受け、男はうずくまっていた。
ここにやっと真子が到着した。
「……守衛さん、こっちです!あ?犯人?てめえ。この、ふざけんじゃーぞ!」
真子は年配の守衛を置き去りにし、持っていた傘で男のバッサバサと叩きだした。
その間も明子は執拗に鏡光線で男の視界を殺し、四人攻撃で彼を封じていた。
しかし。男は怒り出した。
「くそ!いい加減にしろ。離せ!」
男はガバと起き上がり、逃げ出そうとした。しかし、その前にホウキを持った小花がすっと立ちはだかった。
「どけ!」
「あなたはもう逃げられません。観念なさい」
「うるせえ!」
「できれば使いたくなかったのですが」
この時、小花の持っていたホウキはなぜかホウキの部分が落ちて、棒だけになっていた。
「さあ。かかっておいでなさい!」
彼女がすっと男に向けた棒の先には、木刀が付いていた。
「くそ!」
「はっ!たあ!」
「ぐえ?……」
小花の一突きにて、男は車道に倒れてしまった。
「はあ、はあ。何これ?死んだの」
「バカ言ってんじゃないわよ。失神しているだけよ」
恵と紗里は先が木刀の薙刀を携えている小花を見上げた。
「……それにしても。それなあに?」
「護身用の仕掛けの付いたホウキなの。ボタンを押せば、薙刀になるのよ」
「すごい?こんど私の日傘もそういうのにしようっと」
「ねえねえ。私の鏡光線どうだった?役に立った?」
「あ。パトカーが来た……」
すると小花は慌ててホウキを元に戻し出した。
「まずいわ。警察にばれると没収されるかもしれないので、これは内緒にしたいの」
「みんな!小花ちゃんを囲むわよ。それ!」
恵の一声で、掃除少女は彼女を囲み、ホウキを元に戻す作業を隠した。
「みんなこれは秘密にしましょうね」
明子の囁きにみんな頷いた。
こうしてかよわい清掃員の五名により事件は解決した。
犯人を取り押さえる前から喧嘩のせいでボロボロだった彼女達は、警察や卸センターの男性達からうまい具合に勘違いしてもらい、後日、彼女達は警察から表彰状をもらう事になった。
「みなさんの勇敢な行為に心から感謝します。ありがとう!」
卸センターの小会議室にて警察関係者が5人の清掃少女に表彰状を手渡した。
拍手が響く中、司会の野口はマイクに進んだ。
『続きまして、卸センターの会社を代表し、夏山愛生堂社長、夏山社長より金一封を贈呈します』
わーいと嬉しそうに手を叩く彼女達一人ずつに慎也が手渡しして行った。
『……尚、副賞としまして。コーヒーのアリタ様より、コーヒー豆。包装容器のユメジマさんよりレターセット。七星シューズさんは好きな靴を一足プレゼント。タオルメーカーの今西さんより、高級バスタオル……』
これを聞きながら金一封を受けった恵は嬉しさでイヒヒヒと笑った。
「恵ちゃん、はしたないわよ」
「なによ。紗里ちゃんも嬉しいくせに」
「私はあなたとは違うわ」
「ねえ、聞こえないから静かにして」
「真子ちゃんの声が大きくて明子は聞こえないわ」
「皆様。お静かに」
『そして夏山愛生堂より、「札幌プリンセスホテルのスイーツビュッフェ無料ご招待券」を』
「「「「イヤーーーーーー?」」」」
この四名の黄色い悲鳴に、そばにいた慎也は目をパチクリした。
「ちょっとどうする?」
「うれしくて死にそう……」
「マジでいつ行く?明子は前の日から食事抜くんだから」
「し、心臓がやばいわ」
恵、紗里、明子、真子のコメントに慎也は腹を抱えて笑った。
「あーおかしい……喜んでくれたんだね?ねえ、小花さんは?」
「もちろん、嬉しいですわ。ありがとうございます」
「本当に?良かった!」
そういって慎也は満面の笑みを称えていた。
こうしてお開きになった時、掃除少女四名が、ぐるりと慎也を取り囲んだ。
その真剣な顔に慎也はビビった。
「な、なんだ?」
「夏山の社長さん。私達、お願いがあるんです!」
「あのですね。小花ちゃんを正社員にして欲しいんです」
「今回だって、男を仕留めたのは小花ちゃんなんですよ?」
「この副賞も嬉しいですけど、小花ちゃんを大切にして欲しいんです」
「君達……」
「副賞をもらっておいて図々しいのはわかっていますが、小花ちゃんは私達にとって大事な仲間なんですもの、ねえ?」
紗里の言葉に一同はうんと頷いた。
「わかった。君達の気持ちは受け止めるから」
やったーと一同が拍手している中、小花がやってきた。
「みなさん、何の話しですか?」
「アハハハ。なんでもないわ。で、いつ行こうか?」
しかし、日時は後で調整する事にし、彼女達はそれぞれの会社へ戻って行った。
「野口さん。窓は全部施錠しましたわ」
「助かります。では夏山ビルまでご一緒しましょう」
会場の片付けを手伝った小花は、野口と慎也と一緒に夏山ビルへと向かって行った。
小花はふと野口に向かった。
「そうだ!野口さん。先ほどあべちゃんから電話が来て、明日は会社に行かないって言ってました」
「ほとんど来ていないのだから、そんな連絡も不要ですが、小花さんとお話しがしたかったんですね。きっと」
「あとですね。あのスマホは西條さんのでした」
「助かりました。どこにでも置きっぱなしで困ったもんですよ。あとでお茶を飲みに来た時に、御礼にケーキを御馳走させてくださいね……ん?どうしました、社長」
慎也は自分の背後で仲良さそうに話をしている野口と小花に振り向いた。
「なんでそんなに仲が良いの?」
「……そうですか?彼女とはいつもこんな感じですが」
その時、驚く野口のシャツを小花は掴んだ。
「見てください。常務の車って、また半ドアじゃないですか?」
「本当だ……まったく西條君は」
「私、ドアを押して来ますわ」
「俺も行く!」
小花と慎也が車に向かったので、野口は彼に電話をした。
「もしもし。またドアが半ドアだぞ。今から閉めるからそこからリモコンで操作してください」
屋外にいる野口が三階の秘書室の窓を見ると、西條が窓辺でWhy?というジェスチャーをしていた。
「バカ!いいから西條!早く閉めろ」
慎也の叫びに西條は窓から車のリモコンを押した。
「いつもにましてお上手ですわ……施錠、OKです」
「西條!OKだぞ!」
慎也が腕で作った○を見て、西條も○を作った。
「笑ってるし?アハハ、さあ、会社に戻ろう」
「はい」
自然と二人は横に歩き出した。
「ねえ。小花さん、俺はね、君に正社員になってもらいたいんだ」
夏の風が慎也の背を強く押していた。
「嬉しいですけど。私は勉強中でして。今の派遣社員の会社の方が都合いいのです」
「それ姫野から聞いた。でも、今すぐじゃなくていいんだよ」
「夏山さんは一流企業ですもの……私よりももっとお出来になる方をお探しくださいませ」
「嫌だ。俺は小花さんがいい」
そういって慎也は道路を渡ろうとした小花の手を掴んだ。
「社長さん?」
「小花さんじゃなきゃ嫌なんだ。君が姫野の彼女だって知っているよ。でも……なんていうか。うちの会社にいて欲しいんだ」
「……どうしてですか。ただお掃除しているだけですよ、私」
「君がいるだけで夏山、いやこの卸センターがどんどん綺麗になって行くんだよ。さ、渡るぞ……」
そういって慎也は小花と手をつないだまま道路を渡った。
「でも、私は」
「返事はすぐじゃなくていい。学校を卒業してからでいいから。俺はそれまで君の会社に頼んで、派遣期間を延長してもらうから」
道路を渡り終えた慎也は、ぱっと彼女の手を離した。
「いいよね?」
「強引ですわ」
「強引にもなるよ。じゃないと……君までどこかへ行ってしまいそうで」
……ああ。お兄様はまた自分を責めているわ。
真顔の兄の顔がどこか悲しそうだったので、小花はふうと息を吐いた。
「……卒業してから考えます」
「そう?良かった…ホっとしたよ」
「社長!何、口説いているんですか?ここは会社!あなたは社長でしょ!」
「違うよ?野口!ねえ、違うよね、小花さん」
「ウフフフフ……」
怒られている慎也がおかしくて小花はクスクス笑ってしまった。
「ねえ、笑っていないで否定してよ?もう、小花さん!」
「まったく油断も隙もない。さあ、小花さん。私がコーヒーを淹れますので秘書室に行きましょう」
「口説いているのはお前だろ?あ、あれ……いない?」
彼らが話している間に彼女はそっと掃除の仕事を再開していた。
……『小花さんがいい』、か。
自分を妹と知らないのに、評価してくれた兄を嬉しく思っていた。
ギラギラと太陽が照りつける今日の札幌の街。
その東にある冷房がフル回転する古いビルを、彼女は鼻歌を歌いながらバケツを片手に、今日も階段を上って行った。
126話「一心同体 掃除隊」完
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