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127 恋ゴルフ 5
「なあ。向井君て、日曜日に大通り公園でやったミニマラソンって知ってる?」
「ああ。その時間、僕はちょうどお客様を乗せてあの辺を通ったんで傍で見ましたよ」
「本当に?その時、女子の先頭って観た?」
「サーモンピンクの帽子の女の子の事ですか?僕、近くで先頭を抜く瞬間ばっちり観ましたよ……」
向井はそういって密かやな笑みを浮かべた。
「いいなー!その女の子って。うちのビルを清掃している人でさ。俺の会社の帽子を被って走ってくれたんだよ。俺も観たかった……」
「カッコ良かったですよ。先頭をインコースから抜く時、こうやってスススって」
向井の実演に慎也はくそ、と天を仰いだ。
「俺はつまんないクイズ番組なんか観ちまった。あーあ」
慎也は悔しそうに椅子に座った。
「ところで。あのポロシャツはどういう意味なのかな」
今夜の小林の真っ青なポロシャツに向井は首をひねった。
「サーモンピンクの次が、青なんて。生き物カラーじゃないですよね。でも青ってどういう繋がりなんだろう」
「野村君は何って言っているんだい」
「さっき写真は送ったんですが、あ。今、返事が来た。慎也君!オーシャンブルーじゃないかって!」
「サーモンからオーシャンに行ったのか?じゃ次は?」
「海関係の色ですかね。あーあ。今度僕は色の本を買って勉強しようっと」
「その本さ。俺にも一冊買っておいてくれよ」
「おやおや楽しそうですね。二人とも」
そういって小林コーチはにこやかにやって来た。
「こんばんは。宜しくお願いします」
「あの。菜々子さんは?」
「もう来るかと思いますよ。さ、練習しましょうか」
向井と慎也は今夜も円山ゴルフ練習場で練習していた。
パ――ン!
「いいな、なんかすごく上手な人みたいに見えるよ」
「アハハハ。この野村君の店で買ったウエアのせいじゃないですか」
「今度は俺も!」
パコーーン!
「お!いい感じ」
「慎也君!その打った後、クラブを短く持つ仕草、上級者みたいでカッコいいですよ」
「やった!実は、鏡の前で練習したんだ、これ」
「それはいいから!さっさとやりなさい!」
「あ、菜々子先生、いたの」
今夜の彼女はいつものゴルフウエアだったが、やけにメイクを決めていた。
「なしたの、その顔」
「はい。お綺麗ですね」
「……失礼極まりないわね。今日は結婚式があって、その披露宴のウエイトレスだったからよ」
「なんだ仕事か。俺達のために頑張ったのかと思ったのに」
「残念ですね」
「そんなにいつもと違う?やっぱり直して……」
……おっと。やばい?せっかく可愛いのに。
すると慎也は彼女の前に立ちはだかった。
「いいの。そのままで。いいから始めましょう。ほら」
不安そうな彼女を誤魔化して、慎也は向井と練習を始めた。
「え?菜々子さんも大通りのミニマラソン観てたんですか」
「ええ。仲間が出場していたから。職場のみんなと応援してたわ。女子の優勝したのは慎也君の会社の人だったの?彼女、最後サングラスを投げ捨てたでしょう?あれカッコ良かったわよね」
「そうそう!あのスパートで後ろ人は諦めたんですよね」
菜々子と向井が話しているのを慎也は悔しそうに睨んだ。
「なんで二人がそこまで観て、社長の俺が全然知らないんだよ!もう」
その時、向井のスマホが鳴った。
「あ、会社からだ……すみません僕はもう帰ります。僕の乗って来た車を欲しいっていうお客さんがいるみたいなので、会社に戻らないと」
「また売れたの?今月何台目なんだよ?」
「中古車も入れたら、どうなんだろう?とにかく失礼します」
こうして向井は忙しく帰って行った。
「では慎也君。今度はそのアイアンを打って観ましょうか」
パァ――ン!
パァ――ン!
「う……ん。これでいいのかな」
「そうね。何か引っかかるの?」
「ちゃんと当たって無い気がして」
「どれどれ」
菜々子は慎也のアイアンで打った。
パ――ンッ!
「ナイスショット!」
「そうか……慎也君はもっと握る時にね……」
菜々子が熱心に指導している時、急に騒がしい客達の声がしてきた。
「なんだ?あれは」
「相当酔っているわね、私、行ってくるわ」
彼女はそう勇ましく言うと、大きな声で話す男性達の元に向かった。
「お客様。失礼ですが、他の客様の迷惑になりますので。お声をもう少し静にお願いします」
「はあ?うるさいのはそっちじゃないの?ここはボールの音で、これくらい声が大きくないと聞こえないだろう?」
「大変申し訳ありませんが、当ゴルフ練習場はお酒を召された方には安全を考慮してご利用をお断りさせていただいております。今夜はどうか、お帰りいただけませんでしょうか?」
菜々子はそういって頭を下げた。
「何言ってるの?受付の人はそんな事言って無かったけど?」
「申し訳ございません。どうかお引き取り下さい」
毅然とした菜々子の態度はかえって男達の機嫌を損ねた。
「こっちは客だぞ。そんな態度があるか?」
「料金はお返します。どうか、他のお客様の迷惑になりますので」
すると男が練習客をぐるりと見た。
「そうかな。誰も迷惑だって云ってないけど、なあ。皆さん?」
良く見ると男達の腕にはタトゥーが広がっていた。
「本当に困ります……あのどうか」
彼女は必死に客に謝る中、一番奥の打席の慎也ははーいと手を挙げた。
「すみませー―ん。俺は迷惑なんですけどー」
「何だと?おい、こっちに顔貸せや」
「それも迷惑なんですけどー」
その時、やっと小林が現れた。背後には警察官がいた。
「申し訳ありません、お客様。どうぞこちらでお話しを」
そういって警官で取り囲み、男達を連れて行った。
「はあ~」
「大丈夫ですか?菜々子先生」
「先生、すみません、何もできずに」
「いいえ、いいんですよ、皆さんそれぞれのお立場が有る方ですから」
会社の上役や事業を経営している常連客には、警察トラブルは御法度なので、仕方が無い事だった。
「……何もされなかった?菜々子さん」
「慎也君。ありがとうね」
そんな中、なりふり構わず彼女を救った若い慎也の心を、老練の常連客は羨ましく思った。
しばらくして、小林が戻って来た。
「料金は返して帰ってもらいました。お金をちょうだいしていない以上、客ではありませんからね、ところで、慎也君、菜々子さん。ちょっとこっちへ……」
小林に手を引かれて別室にやって来た二人は、椅子に座らせられた。
「まあ。今回は何も無かったので良しとしますが、菜々子さんは私が来るまで待たないとだめですよ」
「はい」
「慎也君も。結果オーライですが、無茶はいけません。あなたは会社の代表なんですから」
「はい……」
しょんぼりした二人に、小林はふっと笑みを見せた。
「でも助かりました。本当にありがとうございました、で、話はここからです……」
小林はそういって窓の外を見た。
「どうも、菜々子さんの事が面白くなかったようで。待ち伏せしているみたいなんですよ」
「外にいるんですか?」
「ええ?やだ?」
小林は警察にも相談しておいたが、念の為に気を付けて帰った方が良い言った。
「慎也君。すみませんが、お車で菜々子さんを送ってくれませんか」
「そんな?大丈夫ですよ」
「いいですよ。それくらい」
慎也の車はブルーのプリウスでここに来る客も同じ車種が多いのも、目立たなくて良いと小林は話した。
「車を従業員用の出口に横づけして、菜々子さんをお願いします」
「あの。本当に私は平気ですよ」
「タクシーを呼んでもいいのですが、菜々子さんには慎也君の方が安心かと思いますが」
……そうか。車って密室だもんな。若い運転手も菜々子さんは怖いのか。
「よし。さっさと帰りましょう。俺は車を取って来ます」
こうして慎也は暗闇の駐車場を進み自分の車に乗り込んだ。
そして車を言われた場所に駐車した。そして助手席に菜々子を乗せて走り出した。
「やば!菜々子さん、低くして」
「何?」
彼女は思わず慎也の膝の方に身体を屈めた。
「そのまま、じっとして……。マジであいつら付いてきた」
「まだ?」
「いいよ。後ろに違う車が入ったから。でも後ろを向かないで……」
すっと身体を起こした菜々子は、スマホを取りだした。
「どうする?警察に電話する?」
「どうかな。罪じゃないし……でも菜々子さんの家がばれたら困るよな」
「まけばいいのね。わかった!慎也君。プリンセスホテルに行ってちょうだい!」
「なして?」
「良いから!早く!!」
彼女に云われるまま慎也はプリンセスホテルにやって来た。そして駐車場の入口に進んだ。
「……いらっしゃいませ。ご宿泊のお客様、って星野か?」
駐車場係りのホテルマンの南は、助手席の菜々子に驚いた。
「南先輩!後ろの黒いワンボックスカーに追いかけられているんです。私達は業務出口から逃げますから足止めして下さい!」
「了解!さっさと行け、あ。一応これをお持ち下さい」
駐車券を受け取った慎也は菜々子の誘導通りに車を進めた。
そして南がワンボックスカーの男達に、宿泊なのか食事なのか丁寧に聞き、さらにプリンセスホテルカードを説明し、さらに機械の故障でバーが上がらないという時間稼ぎをしてくれたおかげで、慎也達は追跡を免れる事に成功した。
「はあ……怖かったー」
「ごめんなさいね。慎也君に迷惑かけて」
「いや。俺かもしれないし。とにかくもういいよ。あれそうだ?菜々子さんの家ってどこ?」
「そうだ。言ってなかったわね……」
ほっとした二人は笑みを見せた。
「それより何か食べて帰りましょうよ。俺、腹減ったし」
「わかったわ。いい所があるから今、カーナビに入れますね、よいしょっと」
その時。慎也の車のスピーカーから電話音が鳴った。
「あれ?ちょっと出ますね。もしもし」
車を駐停車させた慎也は、電話に出た。
『もしもし、社長ですか?なんですか、この交換研修って』
「あ、それ?勉強になるから帯広に行って来いよ」
『ええ?俺やだ?こんな事するなら俺、会社、辞めますよ』
「お前な、すぐそうやって簡単に辞めるとかいうなよ!いいじゃないか帯広に行って豚丼でも食って来いよ」
『俺は札幌が良いの!転勤は嫌です!』
「バカ。これは研修だから転勤じゃないって。ちゃんと一週間って書いてあるだろう」
助手席の菜々子は笑いをこらえていた。
『じゃあ……これって何をしてくればいいんですか?』
「仕事に決まってるだろう?他に何があるんだよ?」
『向こうで有給取ったらダメですか?』
菜々子は口を押さえた。
「ダメに決まってるだろう!お前は黒沼と一緒に得意先を回ればそれでいいの!」
『それだけ?本当にそれだけですか?俺、何もしませんよ?』
「プ!」
菜々子の笑い声は少し漏れかかっていた。
「そう!行けばいいんだっつーの!」
『わかりました。それなら行ってあげます』
「詳しくは姫野に聞け!じゃあな。まったく……」
そういって慎也が電話を切った瞬間、菜々子は噴き出した。
「何、その笑いは」
「あーあ。涙が出た?いいえ。社長って大変なんだなって」
「やっとわかった?……誰か代わってくれないかな」
慎也は車を発車させようとウインカーを出した。
「そうお。向いていると思うけど、うん、車、来てないよ……」
後ろから車が来ていないか一緒に確認してくれた菜々子の声とともに慎也は車を発車させた。
「ところで。行き先は?」
「桑園。私のいつも行っているお店で、あ?」
「どうしたの、菜々子さん」
……そうよね。慎也君なら彼女がいるわよね。あんまり親しくしては迷惑よね。
「菜々子さん?」
「なんでもないわ?それよりもさっきの彼。面白いわね」
そういって菜々子は笑顔を見せた。
「全っ然面白くないから!あのさ、聞いてよ。ホームページを見直せっていったら、ソーラン節の映像を作ったおじさんがいてさ、そして……」
子供のように夢中に話をする慎也の横顔を見ながら、菜々子はドキドキする気持ちを懸命に押さえていた。
夜の札幌は渋滞していたが、社内の二人の時間は楽しく過ぎていた。
完
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