129 とめないでくれ!

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129 とめないでくれ!

「カンパーイ」 パチパチパチと拍手が響き、宴会が始まった。 「みなさん!本日は飲み放題です!お金は俺に払って下さい」 札幌すすきの居酒屋にて風間は同級生達に声を張り上げていた。 「風間君。クラス会の幹事お疲れさま!はい、どうぞ」 「ありがとう」 同級生の女子は風間のグラスにビールを注いだ。 「今日も仕事だったの」 「うん。さっきまで」 「夏山愛生堂だっけ。てっきり実家を継ぐと思っていたのに」 風間の実家は老舗薬局なのはクラスメイト30人全員知っていた。 「俺もそのつもりだったんだけど。その前に修行って感じで務めているんだ」 「あ、そう。ところで。ねえねえ!私さ、実は初恋の相手って、風間君だったんだ……」 「……ごめん、会社から連絡だ……」 そういって風間は席を立ち、部屋の外へ行ってしまった。 「つまんないの」 「でもさ。カッコいいよね」 「風間君にさ、今、彼女がいるかどうか、聞いてみようか?」 独身が多い同窓会。セクシーな服をチョイスして参加している女子達の気合いは半端じゃ無かった。 そんな雰囲気の中、これを避けるかのように電話を終えた風間は男子の輪に腰を下ろした。 「諒ちゃん。この前の狸小路の『24時間ぽんぽこサンバ』の時、僕も歌ったんだよ」 「まじで?陽ちゃんがいたの知らなかった」 「あの時かなり限界にきてたもんな」 「いやー。アレは大きな冒険だったし!ところで、陽ちゃんは最近、営業になったんだって?毎日違うメルセデスに乗ってるって、うちの母さんが言ってたよ」 「うん。売れるから毎回違う車になるんだよ」 そういって向井陽は、ノンアルコールビールを飲んだ。 「それよりもさ。諒ちゃんの会社の慎也社長と僕、ゴルフ仲間なんだ」 「あのわがまま社長と?まじで?」 すると向井はアハハと笑った。 「そうだけど。なんか一緒にいて楽しい人だよ」 そして二人は慎也の悪口を言って盛りあがって行った。 「……あーあ、おかしい?慎也君って、会社でも元気なんだね」 「いや?ゴルフの話の方が面白い!俺も今度一緒に行ってみたいな、あ。今何時かな」 彼が急に時間を気にし出したので、向井は不思議に思った。その時、独身女子がススキノプリンスに攻撃を仕掛けてきた。 「風間君。今、彼女はいるの?」 「今は仕事が忙しくてそれどころじゃないんだ」 そういってビールを一口飲んだ彼に女子がぐいぐい迫ってきた。 「私はフリーよ?」 「私も。週末だけ逢ってくれればいいわ!」 「何よ?私は月一でいいわよ?」 彼の前で騒ぎだした女子に関せず、風間はしきりに宴会場のドア付近を気にしていた。 「なしたの諒ちゃん」 「いや?別に……」 「ねえ?風間君ってどんな女の子が好きなの?」 「どんな女の子?そうだな……」 女子達は息をごくと飲んだ。 「誰とでも仲良しで……スタイルは八頭身で、清楚で優しくて上品でさ」 「まあ、理想だね」 どこか遠くをみていた風間は、これを続けた。 「お料理やお裁縫が得意で……綺麗好きで」 「私もお料理は、少しできるわよ」 「……どんな事も最後まで一生懸命でさ。お花が好きで庭に一杯植えていて」 「風間君。私達にケンカ売ってんの?」 「え?」 すると居酒屋の店員がドアから声を掛けた。 「恐れ入ります!風間さんはいらっしゃいますか?薬局の方が来ていますが」 同級生が風間を注視する中、ドアの前には風間薬局のエプロンを付けた美少女が立っていた。 「風間さん。こっちこっち!早く来て!」 「いた?八頭身美人?」 「ごめん」 足踏みしている彼女を見て、風間はすくと立ち上がり、彼女の元に向かった。 「なしたの?小花ちゃん」 「ごめんなさい。せっかくの会なのに」 「いいんだよ?何があったの?」 風間のやけに声を張ったセリフはみんなに聞えていた。 「お店で色々あって、私じゃ無理なの。風間さんがいないと」 「まいったな。俺は幹事だし」 「お願い!鈴子は風間さん無しでは何もできないもの」 困っている様子の風間を見て、同級生男子が話しかけてきた。 「何か合ったのか」 「ああ。薬局でトラブルがあったみたいで、彼女が迎えに来たんだ」 風間のシャツを不安そうに握っている彼女を見て、同級生はドキとした。 「小花ちゃん。俺は幹事だからここを出られないんだ。皆に迷惑を掛けてしまうから。悪いけど帰ってよ」 「そうですか。じゃ帰ります……」 すごすごと帰ろうとする悲しそうな後姿に、同級生はストップを掛けた。 「おいおい。可哀想じゃないか。もう、会計は済んでいるんだろう?後は俺が引き受けるから、帰ってやれよ」 「そうか?悪いな……」 そう言って風間は領収書や二次会の店等を彼に引き継ぎした。 「じゃ!すみません。俺は本当に申し訳ないけど、これで失礼します!小花ちゃん、行こうか」 「はい。皆さま、失礼しました」 仲良く帰って行った二人を見た男子がぽつりと語りだした。 「あんな可愛いバイトがいるのか……。俺、今度風間薬局に行ってみよう」 「俺も。あんな風に甘えてもらいたいな」 このセリフが女子の反感を買った男子達は、この夜女子の為に五次会まで付き合う羽目になった。 そんな事とは知らない二人は急ぎ足でススキノの街を歩いていた。 「そんなに急がなくても間に合いますでしょう?」 「そっか。はあ、よかった。同窓会を抜けられて」 「諒ちゃん。どこに行くの?」 「うわあ?びっくりした?」 いつの間にか付いてきた向井に風間は心臓がドキドキした。 「僕は御酒が苦手だから、どさくさに紛れて出てきたんだけど。諒ちゃんの実家はこっちじゃないでしょう?」 「……ばれたか……しかたない。陽ちゃん、これは内緒だよ」 二人は近所であり一緒に学校に通っていた仲なので、風間は彼に本当の事を話した。 「実は俺達、今夜で終る映画をどうしても観たかったんだよ」 「そうか。諒ちゃんは幹事だから、途中で帰るのが難しいもんね」 こんな話をしている時、小花が風間のシャツを引いた。 「風間さん。始まっちゃう!」 「やばい!じゃあ、陽ちゃん」 「俺も観たい!いいかな?」 「いいよ。行こう」 こうして三人はススキノの映画館『東宝公楽』にやってきた。 「間に合った……席はあそこだ」 夜の映画館であったが最終日というわけで人が入っていた。隣席が男性になるので、風間は小花を向井と自分の間に座らせた。 「ところで、僕らは何を観るの?」 「『カメラを止めてくれ!』って映画ですわ。C級映画だったんですけど、話題になっているんです」 「ああ、それなら僕も聞いた事がある。あ、始まる……」 そして三人は映画を堪能した。 「まさかこんな展開とはね」 「話題になるだけありますね」 「僕も面白かった。誘ってもらって良かったよ」 ススキノの夜風は彼らの興奮を冷ます様に優しく吹いていた。 「お腹空いたね……二人はどう?」 風間は傍らの小花と向井をそっと見た。 「空きました」 「僕も」 そこで三人は蘭の行きつけの池田屋ラーメンにやってきた。 「今晩は。あ、蘭さん。お手伝いしているんですね」 「まあね!三人前です!」 この店は店長が一人で経営できるように姫野がプロデュースし、メニューも味噌ラーメンしかなかったので、作る作業が早かった。 「すみませんが、私は麺半分でいいので、その分、風間さんと向井さんに差し上げて下さい。あと風間さんのはネギ多目で」 「はいよ!」 この親密さが不思議でたまらない向井は、風間に小花との関係を訊ねた。 「え?仕事仲間だよ」 「諒ちゃん、僕には本当の事を言ってよ」 「マジだって。俺は今、彼氏になるために、小花ちゃんの彼を倒そうと必死なんだってば」 「倒すの?」 その時、ラーメンが到着した。 「熱いですよ……はい、こちら向井さんの」 「ありがとうございます」 小花に優しく取ってもらった向井は、二人と頂きますといってから食べ始めた。 「美味しい?蘭さんに店長さん。美味しいです」 「そうお?ありがとう」 自分だけではなく、店の人にまで気を使っている彼女に、向井は感心していた。 ……こんな小花さんの彼氏って。どんな人なんだろう。 そんな事を考えながらラーメンを食べ終えた向井が水を飲んでいる時に、風間がそっとつぶやいた。 「俺さ。会社辞めようと思った時に小花ちゃんに励ましてもらったんだ。その時から彼女は俺の天使なんだ」 「天使か……確かに綺麗な女の子だもんな」 幼馴染みの向井は、モテモテ男の風間が片思いをしているのが信じられなかった。 「そうでしょう?あんな可愛い女の子、見た事ある?でもさ……彼氏が強すぎて俺もやられっぱなしでさ」 「諒ちゃんがやられる?信じられないんだけど」 その時。店の外から車の爆音が響いてきた。向井は箸を止めた。 「なんだこの重低音……スポーツカー……国産車だな……マフラーを太く改造している……このエンジン音……ニッサン、フェアレディZかい?」 「すげえな陽ちゃん!あ、入ってきやがった」 「今晩は。お疲れだったな。鈴子、迎えに来たぞ」 向井が見た先には、いかにも仕事の出来そうな利発そうな顔の男が立っていた。 「風間。こちらは?」 「俺の同級生です。陽ちゃん、こっちは俺の先輩で目の敵だよ」 「目の敵?あ、自分はこういう者で」 向井は得意の名刺をサッと出した。 「メルセデス車販売ですか。最近この車は人気ですよね。よく見かけます」 「車がお好きなんですね。失礼ですけど、お車は新型ですか?僕、まだ傍で見た事ないんです」 「そうですか、良ければご覧ください。鈴子帰るぞ!支度しろ」 そう言って姫野と向井は外に停めた車を取り囲んだ。 「このフォルム……後姿……かっこいいな」 「メルセデスもいいじゃないですか」 「いやーやっぱり国産車の方がいいですよ」 メルセデス中古車セールス北海道ナンバー1の向井のセールストークは止まらず、姫野の気分を心地良くして行った。 「車の機能を使いこなしている人って早々いませんが、見た感じ姫野さんは相当乗り込んでいますね。このホイールもカッコいいです」 「……君は風間の同級生と聞いたが、さすがだ。しっかりしているんだね」 「いいえ?僕なんか駆け出しのペーペーですよ」 「ふふふ。そんな事はないさ。褒める着眼点も的確だし、品もいいし。所作も綺麗だ。風間など比じゃないな」 夏山愛生堂セールストップの姫野のトークも止まらず、向井の頬は染まって行った。 「……君なら相当車を売るんだろうな。話をしているだけで楽しいし」 「姫野さんこそ。タダものじゃないですよ」 その時、店から風間と小花が出てきた。 「先輩。今夜は小花ちゃんをお借りしました」 「貸した覚えはないが、まあ映画の内容は明日聞かせてくれ」 すると彼女はぶうと膨れた。 「まあ。お二人とも。私は物ではありませんわ!」 「おいおい。そんなつもりで言ったわけじゃないだろう」 「気に触ったならごめん。お願いだから機嫌直してよ」 小花にたじたじの二人を見て、彼女の影響力に向井は驚いた。 「いいえ。そうやって笑っているんですもの。ちっとも謝っている顔じゃないですわ」 「こういう顔なんだ。なあ。風間」 「そうだよ。俺たち元々こういう顔だよ」 怒った彼女が可愛らしいので笑ってしまう男二人に、小花はますます怒りだした。 「ニヤニヤして失礼だわ。私は一人で帰ります!御機嫌よう」 そういって彼女が歩き出したので、二人は面喰ってしまった。 「陽ちゃん。小花ちゃんを止めて?!頼む」 「……小花さん。待って下さい」 「向井さんもあの二人の肩を持つんですか?」 「持ちません。本当にあの二人は失礼ですよ。女性を物扱いするなんて」 「わかってくださるの?」 「ええ!僕まで腹が立って仕方がないです。許せません!」 「そうでしょ?」 「はい!同じ男として恥ずかしいです。ああ、くそ!」 小花を肯定する向井は、悔しそうにした。 「あの、そんなに怒らなくても」 「いいえ!収まりませんよ、この怒りはどうしようもない!ううう」 「も、もういいわ。おやめになって?どうぞ、お怒りを収めてください」 「……そうですか、でも小花さんは怒っていますよね」 「いいえ。もう怒っていません」 「では?諒ちゃんの所に……戻りましょう」 こうして向井は小花を二人の元に連れてきた。 「戻りました。彼女はもう怒ってないですよ」 「すごい?陽ちゃん何をしたの」 驚く風間に向井は澄まして姫野の車の助手席を開けた。 「別になにも?さあ、小花さん、どうぞ」 「はい……姫野さん、お願いします」 バタンとドアを閉めた向井に、姫野は軽く頭を下げて車に乗り込み、やがて発車させて帰って行った。 「やっぱりカッコいいな」 「そうかい?メルセデスもカッコいいじゃないか」 見えなくなった二人に背を向けた向井は、星を仰いだ。 「僕が言っているのは違うけど。まあ、いっか」 そういって二人は実家まで一緒に歩き出した。 「ねえ、陽ちゃん。どうやって小花ちゃんの機嫌を直したの」 「別に。一緒に怒っただけだよ。人ってね、自分よりも興奮している人を見るとバカらしくなって冷静になるんだよ」 「へえ……すげえ」 「でも、なかなか止めてくれないから、どうしようかと思ったし?アハハハ」 幼馴染みの向井の変わらぬ笑顔に風間は弾むように一緒に横断歩道を渡った。 「はい!捕まえた!」 「ひい?」 「薬局に顔出したらおばさんだけだし……」 クラス会のメンバー達は風間と向井を羽交い締めにした。 「東宝公楽から出て来たのを、うちの妹が見てたのよ……」 「ラーメン屋もね。あそこはうちのテナントなのよ……」 ススキノが実家の同級生達は、とうとう風間と向井を探し当て嬉しそうに目を褒めていた。 「ちょっと離して!」 「みんな酔ってるの?ゾンビみたいで怖い?!」 酔ってふらふらの同級生達の腕を振り払った風間と向井は、逃げ出そうとした。しかし。その腕を女子にむんずと掴まれた。 「……すすきの小学校をなめないでよ?何が八頭身美人よ。さあ、お花がたくさん咲いている所にいきましょう」 「ど、どこに行くの。そんな店ないじゃん」 「ウフフ。目の前に咲いているじゃない?」 自分達を指している女子に風間は首を振った。 「うわあーー?嫌だ!陽ちゃん助けて!」 「僕も捕まった!なあ、みんなも見てないで止めてよ!」 向井は遠巻きにいた同級生男子達に助けを求めたが、一行は首を横に振った。 「……こうでもしないと、俺達、家に帰してもらえないんだ……すまん!!」 悲しそうな目で風間と向井を見ていた男子達は、ダッシュを決めて去って行った。 「さあ。飲みに行くわよ!いいじゃないの、こんなに花に囲まれてさ」 そう言ったクラスメイトの女子は、ぐっと風間の腕を組んだ。 「……あ?あそこでドラマのロケをやってるよ?」 え?と彼女達が気を抜いた瞬間、風間と向井は腕を抜けダッシュを決めていた。 並走しながら笑っている幼馴染は、何も言わなくても風間と同じ道を走っていた。 やがて信号待ちで息を整えた二人は、月を見上げた。 月はそこにあったが、ススキノのネオンの眩しさで薄く見えた。 青信号を渡った二人は夜風に吹かれながらいつかの帰り道を供に歩いて行った。 129 「とめないでくれ!」完
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