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139 一体一心 掃除隊
「今日も暑いわね」
「本当に嫌になるわ」
卸センターの清掃員達はぶつぶつ文句を言いながらホウキで道路を掃除していた。
「どうしてこんな会社に北海道知事が来るのかしら」
「そうよ。見たって何も無いのに」
「ちょっと恵ちゃん。明子ちゃん、手が御留守になっているわよ」
卸センターの掃除娘達は視察に来るために掃除をさせられていた。
こんな文句の二人をたしなめた紗里に対して、恵はむっと頬を膨らませた。
「何よ。紗里ちゃんこそ何もしていないじゃないの」
「しています!私はこのお掃除点検票にチェックを入れているの。うるさいな、もう。ええとどこまで書いたっけ?」
「ここよ。道路のゴミの所」
真子に教えてもらった紗里は「無し」に大きくマルを入れた。
「よしと!あとは花壇か……小花ちゃーん」
一人花壇の手入れをしていた彼女の元に四人は駆け寄った。
「雑草が生えていたので抜きました」
「綺麗になったわね。これで終りなの?」
明子の声に、小花は首を横に振った。
「お花にお水をあげないとだめよ」
「私汲んでくる!」
そう言って恵はバケツを持って走って行ったので、小花も追いかけて行った。
「恵ちゃん。そんなに慌てなくても」
「ウフフフ。だって今日スイーツを食べに行くかと思うと、少しでもお腹を空かせておこうと思って」
「まあ?おかしい?」
若い二人がキャッキャっと笑っている時、通った車の窓がすっと開いた。
「小花ちゃん!行ってくるね」
「はい。風間さん、いってらっしゃい」
ニコニコ笑顔の風間を見て、恵は溜息をついた。
「……いいな……」
「恵ちゃん?」
「あ?別に何でも無いわ。さあ。バケツの水を持って行こう」
そして重い水を運んで来た二人は、日陰で涼んで待っている仲間を発見した。
「……何よ何よ何よ!?人に水を汲んで来させてその態度な何なのよ」
怒り出した恵に紗里は澄まして立ち上がった。
「だって恵ちゃんが自分で行くって言ったのよ」
そうだそうだ!と明子と真子の加勢に、紗里は良い気になって腕を組んだ。そんな彼女に恵は指さした。
「上等じゃないの?顔貸しなさいよ!」
「そんなのヤーよ?あっかんべー!?」
その時、ザバーンと紗里の顔面に水が飛んで来た。
「へ?」
「あら?ごめん遊ばせ?手が滑ったわ。ププププ」
恵の仕業で全身から水を滴らせている紗里を笑ってはいけないのに、明子も真子も笑いだした。
「嫌だわ。私ったら紗里ちゃんとお花を間違えたのね。あんまり綺麗で。う?」
今度は恵の顔面に水がバーンと掛かってきた。
「あらあら。ごめんなさいね?うち水しようとしたのよ、私」
すると明子と真子も怒りだした。
「私にもかかったわ」
「そうよ。どこに目を付けているのよ」
「何よ!」
「ふざけないでよ!」
また喧嘩を始めた四人をどうしようかと思っていた小花は、頭上から聞えて来た声に振り返った。
「おーい。小花さーん。清掃員さん達!楽しそうだね」
仲良く水を掛け合っていると勘違いした慎也は、三階の窓から手を振っていた。
「みなさん!見られているわ!仲良くして下さいませ!」
「くそ!一時休戦よ」
そういって四人はにこやかに彼に手を振り返した。
「ねえ。今日行くんだったね。プリンセスホテルには俺から連絡入れたから。みんな、楽しんできてね」
はい!と返事をした乙女達は慎也の頬笑みに心を溶かされ、今まで喧嘩していた事をすっかり忘れ、仕事に戻って行った。
そして午後から半休を取り向かった札幌プリンセスホテルのレストラン。五人は個室に案内された。
「こちらでございます。どうぞ」
「うわ……あの、どうして私達だけ個室を」
「そうです。スイーツはドアの外で、近いですけど……」
すると本日のウェイター南は、優しく説明した。
「本日は夏山社長より仰せつかっておりますので。特別待遇でやらせていただき」
「「「「キャーーー!特別待遇?」」」」
この大声に南が後ろ手でドアを閉めたのを小花はじっと見ていた。
「左様でございます。ですので、こちらの部屋でくつろぎながらどうぞお召し上がりください」
そういって彼は簡単に説明した後、部屋を出て行った。
「今日は動いたのでお腹が減りましたね」
「はあ。やっと食べられるわ」
「ゴムのスカートを発揮する時が来たわ」
「私今朝ご飯抜いてきた!」
「ウフフ。私は夕飯も食べてないのよ?」
こうして乙女5人は各々好きなスイーツをジャンジャン食べ始めた。
「真子ちゃんはフルーツから?」
「そうよ。これが一番お高いんですもの」
「今日は無料できたくせに、ケチケチしているわね?」
そういう紗里は1ホールのケーキにフォークを刺していた。
「おっとっと?みんな、避けて……こぼれそうよ」
明子は寄り目で震えながらフルーツポンチを大きな器ごと運んで来た。
「バカ!なにやってんのよ」
「え?インスタ映え」
「映えないわよ!返して来なさい。全くもう」
そういう恵の椅子の前には、ケーキで作ったピラミッドがそびえていた。
「インスタ映えならこうでなくちゃ!」
「恵さん。食べ物で遊んじゃだめよ」
「わかっているわよ。食べるわよ、食べりゃいいのよ……」
食べている時は静かな部屋に、南が作りたてのシュークリームを持って来た。
「当ホテルの新商品『スノーシュークリーム』でございます」
皮が白くまんまるいシュークリームに乙女の目は丸くなった。
「みて?可愛い……」
「うん。食べるのもったいない……」
「どうする?」
「食べるに決まっているじゃないの」
「いただきましょう」
あむ、とかじった五人は、思わず破顔になった。
「……ああ。しあわせ」
「うん。このままクリームに包まれて眠りたいわ」
「私も……溶けそうよ」
「この柔らかさ……カスタードの甘い香り」
「美味しいですわ……」
この高評価に南は口角を上げた。
「これは卵の黄身が白くできている卵を使用しておりまして、今日からの新商品になります。五人のお嬢様のお言葉。パティシエに申し伝えておきます」
こうして5人は全種類網羅を達成するべく、スプーンとナイフを振るって行った。
途中部屋で騒ぎだすと、なぜか南がスイーツを運んで来るのを不思議に思いながらも、どんどんと皿を積み上げて行った。
「苦しくなってきたわね。少し話でもする?」
「そうね?恋バナタイムー――!」
真子の声に、明子は勝手に仕切りだした。
「じゃあさ。一人ずつ最近の出来事を言いっこしましょうよ。まずは私から、えーと……」
そう言って明子は顎に手を置いた。
「実はね。良いなと思っていた人は、既婚者だったのよ、だから止めたの」
「そうか。見た目には結婚しているのか分からないもんね。次は私か」
そう言って紗里は、うーんと腕を組んだ。
「お友達が良い人って紹介してくれたんだけど。何か、私に変な服をくれたのよ」
「どんなの?コスプレ?」
「ううん。子供服」
「「「「子供服?―――――」」」」
この大声に南は少し隙間のあったドアを外側からそっと閉めた。
「キモイでしょう?なんかロリコンだったみたいね」
「紗里ちゃんて童顔だからね。そうか。私はね」
そういって真子はエヘンと咳払いをした。
「知り合って仲良くしていた人がいたんだけど。彼、正体を偽っていたのよ」
「偽っていたって。どういう意味?」
「外人だったのよ!日本人の振りしていたの!」
カラコンで瞳を青くしている真子は、怒りで拳をテーブルにダンっと叩いた。
「なんかおかしいと思ってこっそり財布を見たら、なんかそういうカードがね」
「ダメですわ?勝手に見ては」
「もう時効よ!それよりも小花ちゃんは?」
四人の乙女の視線は小花に熱く注がれていた。
「姫野さんでしょ?ねえ?」
「教えてよ!最近はどこにデートに行ったの?」
「デート……はしておりませんが、先日はこれ」
そう言って小花はアクセス札幌の時の画像を見せた。
「なにこれ……人前でくっついて」
「そ、それは姫野さんがふざけて」
「腰に何か手を回しちゃって」
「それも姫野さんが、悪ノリして」
「見つめ合ってるし?」
「やだ?キスしてるじゃないの」
「「「「「イヤ――ー!!」」」」」
四人の黄色い悲鳴を察知した南は、レストラン内のBGMのボリュームを上げた。
「羨ましすぎるぜ」
「本当。はあはあ、寿命が縮まったじゃないの」
「すみません……恥ずかしいわ。あれ、恵さん、恵さんたら!」
椅子にもたれた彼女は小花に揺すられて伏せていた目を開けた。
「良いな……私も幸せになりたい」
「どうしたの、恵ちゃん」
すると恵は小花の服をむんずと掴んだ。
「私、夏山愛生堂に……好きな人がいるの」
「「「「えええええーーーーー??」」」」
すると部屋に南がやって来て、頼んでもいないスイートポテトを置いて出て行った。
「食べながら話そう。で、それは誰なの」
「名前はわかんない。でもあの、コーヒーを買いに来る人で、この前司会をしていた人……」
「野口さんですか?あの、この写真にある、この人?」
小花がスマホを見せると、恵の顔が真っ赤になった。
「やばい。これは本物ね」
「恋よ。夏の恋」
明子と真子の声に恵は恥ずかしくてシュンとなった。
「何よ、いつもの元気はどうしたの?これからじゃないの」
紗里の励ましに恵はうんと頷いた。
「よおし!我々は今後、恵ちゃんの恋が叶う様に応援するわ!でもまずは腹ごしらえよ」
勇ましい紗里の音頭であったが、ここで寝息が聞こえた。
「スースー……」
「え?ちょっと、明子ちゃん、明子ちゃん」
テーブルの上に両手をクロスさせその上に顔を載せて明子は寝ていた。
「戦線離脱ね。あ、小花ちゃんも?」
「紗里ちゃん。私、さすがに休憩しますわ。みなさんはどうぞお続けなさって」
すると真子も手を上げた。
「私もお手上げよ……さっき食べた苺のムースにやられたわ。胸がむかむかするから休む」
「ふん!根性無しね。いくわよ、恵ちゃん」
「任せて紗里ちゃん」
こうして二人は部屋を飛び出して行った。ドアが開いたままだったので、小花は閉めようと席を立った。その時、妙な光景を目にした。
「ねえ。ちょっときて!真子ちゃん、早く!あの人おかしいわ」
「どれどれ。ホテルの人じゃないの」
二人はプリンセスホテルのウェイターがフロアを歩いているのを見ていた。
「あれのどこがおかしいの?」
「……女の人のバックを触っていたの」
「うそ!」
二人が注意深く見ていると確かに、スイーツを取りに行くのに夢中でバックを置いたままにしている席に男が近寄っていた。
「片付けているのかもしれませんが。靴を見て」
「あれ?ホテルの人なのに」
男の靴は黒いスポーツシューズだった。
「私達の担当の南さんはちゃんと皮靴でしたわ」
「わかった。私、南さんにこの事を伝えてくるわ」
「私は後を追ってみます」
こうして二人は部屋をそっとでて行った。
……やはり置き引きだわ。
食べる事に夢中になっている女性のバックに男は手を入れたのを小花はしっかり目撃した。しかしここで騒ぎを起こすとパニックになると思い、真子が戻るまで男の後をそっと付けていた。
……あ、レストランから出てしまうわ?
小花は歩く男の背を追い駆けた。ここでバナナチョコを作っていた二人は気が付いた。
「どうしたの。小花ちゃん」
「あ、恵ちゃん、紗里ちゃん。あの男の人、泥棒かもしれないの」
「なんですって?逃げちゃうじゃないの。おい、こら待ちなさいよ!」
状況を分かっていない恵は皿を置き男に声をかけた。しかし男は自信があるのか、レストランを出た人気のないコーナーでゆっくりと立ち止った。
「何でしょうか?お客様」
「あんた。泥棒なんでしょう?」
「何を証拠に……あ?」
話しに気を取られていた男のポケットから、紗里は女物の財布を抜き取った。
「何よこれ、三個もあるわ?しかも女の財布じゃないの」
「……くそ!」
男は走って逃げ去ろうとしたが紗里の出した短い足につまずき、ビターンと転んでしまった。
その時背後からたくさんの足音が聞えて来た。この声に男は立ち上がり走り出そうとした。
「待ちな!てやーーーー!」
この背面に炸裂した恵のとび蹴りに男はぶっ飛んだ。
「おい!よくもスイーツタイムを邪魔してくれたわね!えい」
倒れていた男に紗里は持っていたお盆で何度も頭をバンバン叩いていた。
その時、ようやく真子が南を連れて来た。
「こっちです、あの男……あ?てめえ!やってくれるじゃねえかよ?」
男の胸倉を掴んだ真子に、小花はストップをかけた。
「皆さま!もう大丈夫です!おやめになって!」
ぐったりしている男に、はっと気が付いた紗里は男から離れた。
「あの。これって正当防衛ですよね」
「そうよ。私達、怖い思いをしたのよ」
乙女達の言い訳を聞いていた南は、伸びている男の背にそっと触れた。
「そう、だと良いですね……」
この後ホテルのガードマンがやって来て男は連行された。
代表して小花が事情聴取を受けている間、四人はスイーツの部屋で待っていた。
「お待たせしました。無事、正当防衛になりそうです」
イエーイ!と四人は不謹慎に声を上げた。
「皆さま。不謹慎ですわ!それに危ない所でしたのよ」
「そうですよ。お客様」
そこへ南が怖い顔をして部屋に入ってきた。
「自分は職務中ですがホテルマンの立場では無く、一男性として申し上げます。みなさん、今後、決してこんな無茶はいけません!」
はい、と乙女達はシュンとなった。
「うら若き乙女のする事じゃありませんよ?とび蹴りしたり、お盆でぶったったいて……私は今夜眠れませんよ……」
そういって部屋をウロウロ歩く南を小花はハラハラしながら見ていた。
「小花さんが上手く証言してくれましたが、もう少しで過剰防衛です。あれはやり過ぎ!絶対ダメ!」
「ううう」
「反省しています」
「ごめんなさい。つい、女の敵と思って興奮したんです」
恵と紗里と真子はそう言い訳すると、下を向いた。
「……みなさん。本当に反省しましたか?」
この部屋で爆睡し、まったく事件と関係無いのに南の説教が怖くてべそをかいた明子は、みんなと一緒にうん頷いた。
「わかりました。では、そんなあなた達に、支配人から伝言です……」
南の怖い声に紗里は嘘よ、と首を振り、明子は何もしてないのにと目に涙をため、真子は頭を抱え、恵は聞きたくないと耳をふさいでいた。
そんな乙女達に南は早口で読み上げた。
「プリンセスホテルのナイトプール無料ご招待券を差し上げたいとの事です!」
「「「「イヤ――ー――?!」」」」
耳をつんざく黄色い悲鳴を予期していた南は、耳に指を入れていた。
「これは支配人からの御礼です。またのご利用お待ちしています。はい、ではいい子にしていた君に」
「私です。はい……」
笑顔の南がくれた封筒を受け取ったべそかき明子は、やったーと高らかに掲げた。ここで小花は南に頼んだ。
「すみません。南さん。私達さすがにこれで帰りますが、最後に全員の写真を撮っていただきたいの」
「そういうおねだりは大歓迎です」
こうして南は暴れん坊乙女を美しく撮ってあげた。
「ありがとうございました、南さん」
「こちらこそ。小花さんがいて助かりました」
「あの……南さん?」
「はい、なんでしょうか?」
「大変お騒がせしましたが、とても楽しいひと時でした、私、あのシュークリームが大変美味しかったです」
するとみんなも全部食べた中で、これが一番美味しかったと口をそろえた。
「支配人さんとパティシエさんに、宜しくお伝えくださいませ。さあ、皆様、帰りましょう」
「ありがとうございました。お気を付けて」
こうして5人を送り出したホテルマン達は、次の客の為に彼女達の使用した部屋を片付け始めた。
「南先輩!来てください」
「なんだ?部屋に爆弾でも置いて帰ったか?」
南が来ると掃除係りの男性が驚いていた。
「ここはもう掃除したんですか?」
「いいや。今帰ったばかりだ」
「でも。ピカピカですよ?」
食器もなく、まるで魔法がかけられたように部屋が綺麗になっていた。
「フフフ……何者なんだろうな、あの困った娘達。一応、掃除は簡単にしておいてくれ」
南はそういって受付の方へ顔を出した。すると客が行列になっていたのに驚いた。
「なんだこれは?」
「南先輩。インスタを見たお客様が押し寄せてきて」
「インスタ?誰のだ」
「さあ?でも今日から新作の『スノーシュークリーム』がどうとか」
「フフフフ。どんだけ爪痕を残す気だ?ハハハ」
笑いの理由は分からない部下は、南の笑みを不思議そうに見ていた。
その頃。そんな事とは知らぬ乙女達は満腹のお腹を減らそうと夕刻の道を歩いていた。
「え?奥に杏仁豆腐があったの?知らなかった!」
「帰りにコンビニで買ったら?ところでナイトプールいつ行く?」
「こんなに食べちゃ、水着なんて着れないわよ」
「そうよ。先にナイトプールの無料券をくれりゃよかったのに」
「それは無理だと思いますわ」
乙女達は楽しそうに話しながら歩いた。
「その前に、恵ちゃんの恋よ!小花ちゃんお願いね」
「わかりました。私も応援しますわ」
ここで恵は両腕を広げた。
「みんなーーー!私に力を貸してくれぇ―――」
「ぎゃははは!受ける」
恵と紗里に明子と真子はあきれた。
「恥ずかしいわ。やめて恵ちゃん」
「それよりさ、小腹が空いたわね。ラーメン食べて行かない?」
「みなさん!赤信号ですよ。ストップです」
札幌プリンセスホテルを出た乙女達にはオレンジ色の夕日が射していた。赤信号はそんな彼女達を制するように、鮮やかに静かに点滅していた。
完
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