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140 札幌モアイ
「PTAから緊急メールですか?」
「うん。この意味、小花ちゃん分かる?」
夕刻の中央第一営業所で、小花は松田に送られてきたメールを読んだ。
「……里美中学校PTA役員にお知らせします。本日夜7時に真駒内霊苑に集合せよ。尚、生活安全部の役員は必ず来てください……BY千葉。訳がわかりませんね」
その時、松田のスマホに電話が掛かってきた。
「……千葉会長さんからだわ。もしもし」
『○×△!□□!』
「ごめん訳わかんない?小花ちゃん訊いてくれる?」
「……代わりました。もしもし?脱出ゲームでお世話になった小花です」
『小花さん?ああ!自分は会長の千葉です!』
支離滅裂であったが、小花はようやく千葉の話を理解した。
「では再確認しますけど、中学生が今夜、真駒内霊苑で肝試しをしようとしているので、父兄が行って見張るということですね」
『そうです!そうです』
この肝試しを本当にやるのかは不明であるし、学校や警察に言うほどの事ではないと彼は話した。
『PTA数人が現場に行って、お前達、帰れ!と注意をすればいいんじゃね?と思っておるのです。これは生活指導の仕事になるので、副部長の松田さんにお願いした次第です』
千葉はバーマンや真田、志保美副会長も参加する、というので、小花は会議が入っている松田の代わりに自分が行く、と返事をし、電話を切った。
「というわけで。私参りますわ」
「いつもいつもごめんね……あ、どうやっていく?霊苑まで」
「待って下さい。真駒内駅から無料バスがでているみたい。私、もう行きますね!」
こうして小花は夕刻、夏山ビルを飛び出した。
東区にある夏山ビルからJR札幌駅に向かって歩いた彼女は、地下に降りチカホという遊歩道で地下鉄大通りまでやってきた。ここから南北線のホームにやってきた。
チュンチュン……という音と暗闇から光るライトで電車が来た事を他の乗客と供に見ていた。
……本当に静かだわ。
この電車はタイヤで動いているので道外出身の小花は最初驚いたが、今では恰好悪いな、とは思わなくなっていた。
そして電車に乗り彼女は真駒内駅へと向かった。タイヤの御蔭で乗り心地の良い電車の椅子に座り彼女は対面の窓から車窓を見ていた。
地下鉄なのでそれは黒い壁しか見えないはずだから、ある駅を通過してから地下鉄は地上へ上がって行き、ぱっと明るくなっていった。
……フフフ。やっぱりここから地上鉄よね?
カプセルみたいな空間を走る電車は何かのアトラクションのようなので、小花のお気に入りの乗り物だった。
やがて終点真駒内駅に着いた彼女はバスに乗ろうと思いきや。ちょうどよい時間が無かった。
その時、小花のスマホが鳴った。
「知らない番号だけど……もしもし?」
『ハロー!ミス小花!Where are you now?』
「真駒内ステイション。え、いるの?あ、バーマンさん!」
トヨタのランクルに乗ったバーマンが小花に向かって手を振っていた。そして車から洋子も降りて来た。
「良かった逢えて!一緒に行こう」
「助かりましたわ。お願いします」
こうして三人は霊苑を目指した。その車中、小花は今から行くところが滝野だと教えられた。
「え?もしかして心霊スポットで有名な所?」
「そことは違うけど。今から行くのも霊苑だよ、小花さん」
「洋子ちゃん。お化けはでませんよね」
「さあ?でるかもよ」
意地悪く微笑む洋子を、バーマンがNOと首を振った。
「アハハ。ダディに怒られた?大丈夫だよ。私も付いているから」
こうして三人は集合場所の真駒内霊苑に到着した。
日が暮れ始めた広い霊苑には、御墓参りの時期でもないのに人がたくさん歩いていた。
「……一体ここに何が、あ?あれは」
丘の上にはなぜか巨大なモアイ像がズラーーーとこちらを向いて並んでいた。
「あんなにたくさん?どうして?ここは霊苑でしょう」
「ええと今調べるね……ああ、小花さん。あれはお地蔵様なんだって。モアイ地蔵」
「モアイ地蔵?ハイブリッドなんですか?」
しかし。あまりのスケールのでかさにバーマンは感心して写真を撮っていた。
「そうか。みなさん御墓参りじゃないんですね。モアイ見物なんだわ」
「小花さんも写真撮ってあげようか?」
「私はいいわ。お化けが映ったら嫌だもの」
「お疲れ様!小花さん!」
「きゃ~~~~?!」
急に背後から大声で話しかけてきた千葉に小花は驚いて悲鳴を上げてしまった。
「……会長何をしているんですか?仲間を脅かしてどうするんです」
志保美に叱られた千葉は小花に手を合わせて謝っていた。
「罰としてモアイまでダッシュ!ほら!」
彼女の命に、千葉は本当に丘の上まで走って行った。
「あ。あれは真田さんね!こっちです。これで揃ったわね。会長がいないうちに説明します……」
本日の情報は志保美の娘が噂をキャッチしたものだという。
「昔は近所の神社に行くのが里美中の恒例行事というか、伝統だったんだけど交通事故に合った生徒がいて禁止になったのよ。だから今年はここまで自転車で来ようって話しらしいわ」
「ここは遠いし。夜は危険ですわね」
「メンバーが誰か分かるのですか?」
時間休を取ってきたスーツ姿の真田は志保美に訊ねた。
「だいだいはね。でもメールで参加者を募っているから、何人来るか、分からないです」
「志保美さん。洋子のメールにも誘いが来たよ。私は止めようって送ったんだけど、男子は悪ノリしているみたい」
「そうでしょ?もし人数が多かったり、事件性があったらすぐ警察を呼びましょう。ではみんなで一緒に中をパトロールしましょう」
その時、千葉が戻ってきた。
「ゼーハ―……モアイにタッチして来ましたぞ……ハーハー」
「うちの中学生いませんでしたか?」
すると千葉が首を振った。
「走るのに……精いっぱいで……そんな余裕は」
「もう一回行って来て!って言うか、モアイから全体を見てください。何かあったら電話ね。じゃ!」
志保美はそう冷たく言うと、千葉を置いてさっさと歩き出した。
「ちょっと風が吹いているけど。みんな大丈夫ですか」
夏とはいえ夜風が強く吹く霊苑で志保美はウインドーブレイカ―のチャックを首まで上げた。
小花もランニング時に使用する小さく丸めたウエアを取りだして着た。真田やバーマンも長袖姿であり洋子もしっかり備えて来ていた。
「でも千葉さんは、ランニング姿でしたけど」
「さあ。寒ければ動いてしのぐでしょう」
「あのですね。いいんですか千葉さんは」
心配する真田に志保美は溜息を付いた。
「千葉会長は私の兄の幼馴染みなの。奥さんも昔から良く知っているし、問題ないわ」
そうですか。とこれで納得した一同は、これ以降千葉の心配をせず霊苑内を歩いて行った。
「今は夜の7時半か……中学生らしき姿は無いわね」
その時、志保美のスマホが鳴った。
「もしもし。真ちゃんどうしたの?」
『こちらモアイであります!皆様にお知らせします!』
千葉の目には自転車5、6台がこちらに向かって来ているのが見えたという。
「わかった。声をかけて見るね。行きましょう」
広い霊苑の入り口に戻った5人は、停めてあった自転車を発見した。
「ステッカーが貼ってあります。これは里美中のものです」
自転車を確認した真田は、一応このステッカーを写真に撮った。
「自転車を見る限り男子3名、女子2名か……さてどこにいったのかな」
「Hey!」
バーマンの指す方角の暗闇に、懐中電灯を持った数人がいるのが見えた。
「行ってみましょう、あ。そうだ……小花ちゃんと、バーマンさんはこの自転車の所で待機していて。真田さん、洋子さん。行きましょう」
役に立たない二人に留守番をさせた志保美はそういって人影の方に走って行ってしまった。
いつの間にか風が止み、辺りはシーンと静まり返っていた。
「ミスターバーマン、I’m scared……」
「ダイジョウブ!ダイジョウブ!!」
怖がる小花をバーマンはそっと慰めていたその時。小花の電話が鳴った。
千葉であったので小花はこれに出た。
『こちらモアイ……うわあーーーーー。助けてくれ……』
「千葉さん?どうなさったの?」
千葉の悲鳴に小花の背筋はぞっとした。
『……来るな?止せ!うううう……』
「千葉さん!千葉さん?」
『……ぎゃああ??うわあ????……』
そしてプツと電話は切れてしまった。
「……どうしよう?……ミスターバーマン。千葉リーダーパニック!」
「OK!ダイジョウブ、ダイジョウブ!」
深刻さを分かっていないバーマンは怖がる彼女を抱きながら、もっと明るいLEDライトの下まで移動し始めた。
気が付けばモアイ見物もいなくなった霊苑。遠くにいる志保美達はまだ戻って来なかった。
……心細いわ。バーマンさんは状況をよくわかっていないし。
そこで小花は志保美にこの旨を伝えようと電話をした。
「もしもし?」
『キャ~~~。こっちに来ないでよ!ヒャーー……』
そして電話がブツと切れてしまった。
「志保美さんまで?ミスターバーマン、志保美リーダーパニック」
「……OH!NO?」
ようやく理解してきた彼は手を頭に置いた。この時の小花は最近みたゾンビの映画なんか思い出していた。
「バーマンさん。ゲットバックインザカー」
「OK。カモン!」
余りの恐怖に二人は車まで逃げ出そうとバーマンのランクルに走り出した。
……助けてくれ……
背後から聞えるうめき声は千葉かもしれないのに、二人は聞えない振りをして車までダッシュした。
そして二人だけちゃかり車に乗ったバーマンと小花は、上がった息を整えていた。
「ミス小花」
「はい。洋子さんを助けましょう」
彼女の声にエンジンを掛けたバーマンの車は、自動でパッと明るいライトが点いた。
するとこの車に人が押し寄せてくるのが見えた。
「オーマイガー?」
「キャ―ー――ー――――?ゾンビ?」
集まった人はこの車によろよろと近寄っていたので、彼は車を発進させられなかった。
「見て!バーマンさん。洋子さんよ」
「洋子?カムヒヤー!!」
暗闇から疲れ切って現れた洋子は、父が開けた運転席の窓に溜息を吐いた。
「ダデイ……アーユーオーライ?」
「洋子ちゃん。どうしたの?」
「とにかく車に載せて……」
こうして洋子は後部座席に倒れこんだ。
「一体何があったの?」
「……蚊!モスキート」
「「モスキート?」」
寝そべった洋子は蚊の大群に襲われたと話した。
「急にやって来て……最初は蜂かなって思ったんだけど」
上着を着ていたので身体は大丈夫そうだが、顔に数ヵ所刺されたようで赤く腫れていた。
「私。助けに行きます」
「大丈夫……志保美さんがお線香を焚いたから。これで今頃はきっと収まっているよ」
しかし疲労困憊の彼女をバーマンは心配そうに見つめていた。
やがて志保美は肝試し中学生5名を連れて自転車乗り場までやってきた。
「はあ……死ぬかと思ったわ」
「すみません。何もできなくて」
少し蚊に刺されていた志保美だったが、申し訳なさそうな小花に気丈に振る舞っていた。
「中学生の皆はどう?気分が悪いとかない?」
「親にバレる方が気分悪いっす」
「じゃ元気だな。良かった」
上下スーツの真田は、自分は刺されなかったし、自分の娘は関わりがないので普通にしていた。
この状況を志保美は警察には連絡せず、五人の親に連絡をし、各親に迎えに来てもらうと事にした。
「結局参加はこの五人だけか……。みなさんご協力ありがとうございました」
「自分も残りますよ。今日はもう仕事は無理ですし」
そういって真田は時計を見た。するとバーマンも最後の生徒の親が来るまで残っていると言い出した。
「そうか……小花ちゃんどうする?あなたはもう帰っていいのに」
「バスはもう無いですものね」
その時。暗闇の中から車の音が響いてきた。
「もうお迎えが来たのかしら」
「まだ連絡したばかりですよね」
やがてその音は里美中の有志の元まで馳せていた。
ドドド……と太い低音を轟かせて停車したスポーツカーからスーツを翻して男が降りて来た。
「小花ちゃん。大丈夫だった?」
「はい。あの皆様。この方は私の知り合いなんですの」
「その前にちょっと待ってね……」
風間はあら塩と書かれた袋を取り出した。
「お祓いするからさ、じっとしていてね……」
そういって風間は彼女の体にパッとかけて行った。
「髪にもかけちゃおうっと……さあ、自分で塩を落として」
小花は手で体に付いた塩を払って落とした。
「うん。これなら大丈夫。あの、皆さんももしお使いならこれ、どうぞ。っていうか、虫さされですか?」
里見中関係者の虫さされの状況を見た風間は持っていた虫さされの試供品を彼らに配った。代表して受け取った志保美は風間に礼を言った。
「御親切にどうも。あのあなたは?」
「御挨拶が遅れました。自分は松田さんの後輩で、小花ちゃんは自分の大切な人です。お。洋子ちゃん!元気かい」
「はいはい」
ぬけぬけと話すの風間の甘い言葉に、真田は目を細め、洋子は呆れてため息をついた。
「風間さん。私はもうお暇をもらいました」
「そうか。じゃあ。帰ろう」
そういって彼女の肩に手を回している風間を女子中学生は羨ましそうに見つめていた。
「皆さま。お先に失礼します。ミスターバーマン、シーユー!」
「オツカレサマ。小花」
「小花さん。またね!」
こうして二人は真駒内霊苑を後を去って行った。
「小花ちゃん。喉渇いてないかい」
「平気です。それよりもどうして風間さんが来て下さったんですか?」
「先輩はまだ仕事だし松田さんが気にしていたからさ。それに俺もお祓いとかキチンとして欲しかったんだ……」
「いつもいつもありがとうございます」
「そんなことないさ。小花ちゃんの方が、ずっと俺に色んな事をしてくれているんだよ」
やがて風間のGTRは山の上にあった霊園を下り、信号待ちで停まった。
「……今度は海か。何かしたいことはないかい?」
「風間さんは落とし穴を掘るんでしたっけ?私もそれ手伝いたいですわ」
「いいの?じゃ、一緒にやろうか」
うんとほほ笑む彼女を助手席に乗せた風間は、青信号で発進した。この夜、二人は仲良く食事をして帰った。
翌朝。松田にメッセージが届いていた。
「『里見中生徒無事確保。協力感謝。BY千葉』って。うわ?何この写真」
そこには虫に刺されて顔が別人のように腫れている千葉の画像が合った。
「まあ……これはひどいですわ。すみません松田さん。『ご自愛くださいませ』と返事をお願いします」
そう言って小花は朝の清掃のモップ掛けを再開した。
「おはよう。鈴子。昨夜はお疲れだったな」
「おはようございます。でも風間さんに迎えに来ていただいて早く帰れたんですの……」
そういって彼女は椅子に座った姫野の横を掃除し始めた。
「おっと。鈴子、その首どうした」
「首?」
長い髪を一つにまとめ、左に結んでいた小花の右のうなじを姫野が息がかかる近距離で見つめた。
「キスマークではないな……これは虫さされだな。ええと薬だ」
「かゆくないからいいですわ」
「ダメだ。無意識に掻いている痕がある。傷跡が残ったら嫌だろう」
そういって姫野は会社の試供品が入っているキャビネットから虫さされの薬を見つけ彼女のうなじに優しく塗って行った。
「……なんか朝からすごいわね」
二人の様子を呆れて見ている松田に姫野は平気な顔でこれを続けた。
「別にただ塗っているだけですよ。他は大丈夫か」
「大丈夫です。あれば自分で塗りますから」
「背中は?どれ、見せてみろ」
「もう。大丈夫なの!あ?」
本気で心配している姫野は彼女の首元から背中を覗いた。
「ちょっと!姫野君?」
松田の声も聞こえず本気で心配していた姫野は、小花の服の隙間に頭を突っ込んでいた。
「……大丈夫そうだな。よし!仕事をしろ」
そういって彼女の背をバンと押し彼はニコとほほ笑んだ。
「……もう、姫野さんはいつも……フフフフ」
「なんだ?何がおかしい?」
下心の無い彼の素直な優しさに、小花と松田は笑みをこぼした。
「なんでもないですわ。今日も暑くなりそうね……」
そういいながら彼女は姫野の背後のブラインドをそっと閉めた。そしてモップを持ち、部屋を掃除し始めた。
パソコンの前の彼は真剣に仕事を始めており、ここにいるのだが、心はどこかに行ってしまっている。
そんな多忙な彼が自分を思ってくれていることが、小花は嬉しかった。
……私もがんばろう!
「あ?鈴子。これを持って行け」
そういって彼は彼女の胸のポケットに虫さされの薬をポイと入れた。
彼女は嬉しそうにそれを上から押さえて握りしめた。
「清掃終わりました。失礼します……。皆さまよい一日を」
こうして中央第一営業所を出た彼女の足は今朝も軽やかだった。
140話「札幌モアイ」完
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