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146 恋ゴルフ 8
「今晩は。お久しぶりです」
「これはこれは御無沙汰でしたね」
姫野は小林コーチの水玉模様のポロシャツを見てふっと笑った。
「相変わらずですね。もしかして。今朝は雨だったので、それですか?」
「そうかもしれませんね!さすが姫野君だ。では明日の予想は?」
「雨ならアーノルドパーマー。晴れなら太陽の赤かもしれませんよ、では行ってきます」
受付で小林コーチと親しげに話す姫野に、慎也は驚きを隠せなかった。
「……おい姫野。お前はあのポロシャツの意味がわかるのか」
「小林コーチを指さないで下さい!わかるもなにも、見たままじゃないですか。あ、どうも!」
夏山愛生堂のトップセールスマンの姫野はここでも顔が広く、練習場の常連客に挨拶をして回った。
「姫野君。そっちの彼はいつもいるけれど、君の知り合いだったのか」
「はい。この人はうちの会社の」
言いかけた姫野を慎也は突き飛ばした。
「ハハハ。同じ会社なんですよ。おい、姫野、俺の事ばらすなよ」
こうして二人は慎也のお気に入りの奥の打席にやってきた。
「はいはい。それではどれだけ上達したのかお手並み拝見ですよ」
「フフッフ。驚くぞ……」
軽―く準備運動した慎也は、ドライバーで打った。
カツーンッ。
「あれ?もう一回」
ガシッ!
「おかしいな?」
「確かに驚きました。では私から……」
姫野が打席に立った。
最近練習を積んできた慎也は、姫野のフォームがタダものじゃない事がわかり鳥肌が立った。
スコー――ン!
「……よし!こんなもんかな」
「うそだろ?」
練習場の一番奥まで綺麗な放物線で跳んだ姫野のショットに、慎也はあぜんとした。
「なんでそんなに上手なの?」
「練習すれば社長も打てますよ」
そういいながら姫野は次のショットも全て同じ箇所に飛ばしていた。
……マジすげえ。
「さ。社長の番ですよ」
「そうよ。慎也君、練習の成果を見せてあげましょうよ」
いつの間にか菜々子が腕を組んで傍にいた。
「大丈夫!できるわ」
珍しく菜々子に励まされた慎也は、息をごくと飲んで、思い切り打った。
パコーーーン!
「ナイスショット!」
「いいですよ、社長!」
「でも姫野の方がすごいじゃないか」
すると菜々子が意外そうな顔をした。
「当たり前でしょう?長年やってきた姫野君と最近始めた自分を比較してどうするの?でも、今のショットは芯に当たって良かったわ。ねえ、姫野君」
「菜々子先生の言う通りです。ずいぶん上達しましたよ」
良く分からない褒め方をされた慎也は、椅子に腰を下ろした。
「でもダメなんだよ。このレベルでは……」
「一体どうしたの」
「実は……」
姫野の話だと、今度開催される医療関係者のゴルフコンペに参加しなくては行けなくなったという。
「私もお供しますが、慎也社長はまだコースにでたのは数回ですしね」
「……そうか。でもね。自分は初心者だから、って多目に見てもらえば?」
「意地悪な奴もいるんだよ。だからバカにされるに決まっているんだ。なあ。本当に、姫野が俺の振りしてさ、俺が姫野の振りをするよ」
そういって慎也は姫野の服を引っ張った。
「無理ですよ。だから少しでも練習しようとここに来たんじゃないですか」
「姫野君。そのコンペはどこのゴルフ場?」
「千歳のプリンセスゴルフクラブです」
「そこはうちのゴルフクラブですね、そうですか、バカにされますか……」
いつの間にか話を聞いていた小林は顎に手を当て考え込んだ。
「日時はいつですか。姫野君」
「二週間後の土曜の朝です。それが何か」
すると小林の眼が怪しく光った。
「そうですか。まずは練習ですよ。それよりも菜々子先生、ちょっと……」
小林と菜々子が去った後、慎也は姫野にみっちり練習させられた。
こうして特訓を重ね、とうとう当日を迎えた。
『これより、開催となります。なお親睦を目的としておりますので、どうか仲良くフェアプレイで参りましょう!』
「とうとうだな、姫野」
「そんなに緊張しないでください、社長」
野村スポーツで新調したゴルフウエアのせいで、見た目だけはカッコよく決めて来た慎也は、遠くにいる医療機器メーカーの男に溜息を付いた。
「一番嫌な奴と一緒に回るなんて」
「自分がいるので大丈夫ですよ。もっと堂々として下さい」
そこへ医療機器メーカーの豪田がにこやかにやってきた。
「どうも。今日は宜しくお願いします。夏山さん」
「こちらこそ。これは俺の部下の姫野のです」
豪田の部下とも名刺を交換した慎也の元に、キャディが現れた。
「みなさん。おはようございます。本日担当させていただく、星野でございます」
そこにはキャディの長いつばの帽子をかぶった菜々子がいた。
「え?菜々」
これを姫野が遮り挨拶をした。
「こちらこそお世話になります。私は夏山愛生堂の姫野で、こちらは社長の夏山です」
「星野です。夏山社長、宜しくお願い致します」
「よ、よろしく」
初対面の顔で深々と頭を下げる菜々子に、慎也も頭を下げた。
「キャディさん。客はこっちにもいるんだけど」
「失礼しました。豪田様、宜しくお願い申し上げます」
頭を下げる菜々子に、豪田は眉をひそめた。
「まったく。君はこのコース良く分かっているんだろうね。私に恥をかかせないでくれたまえ」
「はい。お荷物お持ちいたします。皆さま、こちらへどうぞ」
そういって菜々子はみんなのゴルフバックを運んだ。
「おい。姫野。どういうことだよ?」
耳に囁く慎也に、姫野はさらりと言った。
「……小林コーチの伝言です『楽しんで来い』との事で」
その時前方を歩く菜々子が慎也に振り向き、そっとウインクをした。
「菜々子さんがキャディか。これはやるしかないな」
「その意気ですよ!」
こうしてスタートしたゴルフ。慎也はなんとか恥ずかしくないレベルで進めていた。緊張する慎也に菜々子は爽やかにアドバイスをしていた。
「夏山社長。ここは芝がこうなっておりますので、あちらの方角狙いです」
パコーーン!
「ナイスショット!」
「またしても……」
このコースがホームグランドの菜々子にとっては庭のようなものだった。さらに慎也の使うクラブは菜々子が何気なく選んで渡していたので、慎也は言われた通りに打つだけだった。
「豪田さんのパーショットです、お静かに……」
力を抜いてス――ーと打ったボールはコロコロ転がって入りそうで、カップに嫌われてしまった。
「くそ!」
そして豪田はこれを沈めたが、怒りは静まらなかった。
……夏山慎也にもっと恥をかかせたかったのに。
しかも一緒に回る姫野はトップの成績であり、慎也は意外と上手なので、豪田は面白くなかった。
「夏山社長です、お静かに……」
慎也が打ったパットはコロコロ転がって……。
「行け!入れ!」
カラン!コロンコロン……。
「入った?やったぜ!」
「ロングパットお見事です!」
「ナイスパーです!」
姫野と菜々子に拍手され慎也は頭をかいた。そして最終ホールに向かう時にイライラが募った豪田は、菜々子に八つ当たりを始めた。
「どのクラブをお使いになりますか?」
「そんな事も分からないのかね。5番アイアンだよ」
そしてそれを使った彼は、ショットが短く、バンカーに入ってしまった事を菜々子のせいにした。
「あーあ。君のせいだよ、まったく」
「申し訳ございません」
「もういいから!顔を見せないでくれるかな。不愉快だよ」
「……失礼しました。次は夏山社長です」
パコーーーーン!
「ナイスオンです」
慎也のショットは冴え、ピンの近くに落ちた。
そして姫野のショットもこれまたピンにぎりぎりで、二人とも次で決めるのはもはや決定だった。
「キャディ!私のクラブは」
「どちらになさいます?」
「いいから出せ。もういい自分でやる!」
こうして終えたゴルフ。姫野は一位。慎也は真ん中あたりのほどほどの成績で幕を閉じた。
「キャディさん。本日はありがとうございました」
「こちらこそ。楽しんでいただけましたか?」
「おかげ様で!」
そういって慎也は菜々子と握手をした。
「……ありがとう、菜々子さん」
彼の耳元の囁きに菜々子は口角を上げ、今度は豪田に向かった。
「豪田様。本日はありがとうございました」
「全く。君のおかげで散々だよ。名前をもう一度聞かせてもらおうか?支配人に文句を言ってやるから」
すると菜々子はキャディの帽子をすっとはずした。
「私は星野菜々子と申します」
「どこかで観た顔だな……」
「豪田社長。この方は、元女子プロの星野さんじゃないですか」
豪田の秘書は、彼の腕をとった。
「……まさか。そうなのか」
「はい。本日は人出が足りず手伝いに参りましたが、お力になれずすみませんでした」
「いや。そんな訳でも」
北海道でゴルフをする者なら誰でも憧れている彼女を前に、豪田は急に態度を変えた。
「あの。先生からみて自分のゴルフはいかがだったでしょうか。できれば、助言を」
「そうですか?豪田さんは、腕をこうする癖があるので、そこを……」
自分に意地悪した相手に優しくアドバイスをする菜々子を見て慎也は、首を振った。
「すごい。俺にはできないな」
「……多分、多分ですよ。これは慎也社長のためではないですか?」
「俺?」
「そう。こっちに意地悪しないように、菜々子先生はあえて自分に目を向けさせたような感じがしました」
「菜々子さんが……」
「さあ。参りましょう。私は表彰式ですので」
こうして慎也の恐怖のゴルフコンペは終った。
そして菜々子に逢うこと無く、夕方家に帰った慎也は改めてスマホのメッセージを見た。
「まだ見てないのか……」
せっかく送った感謝の言葉を菜々子は読んでいなかった。
……しかし、キャディで参上とはね。嬉しかった……!
ベッドに寝転んだ慎也はスマホの写真を眺めた。
……可愛い寝顔。オムライス、また食べたいな……。
あの夜の海のドライブの翌日。菜々子の家に泊まった事は、慎也には癒しになっていた。
「そうだ。今度なんか御礼しないとな、何が良いかな……」
この時、菜々子からメッセージが届いた。
「なになに……え?今から円山ゴルフに来いって?まだ練習するのかよ」
鬼の菜々子からの呼び出しに、慎也はやれやれと車のキーを手にしたが、そこには笑顔があった。
146話「恋ゴルフ 6」完
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