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150 夏の嵐
「俺パス!」
「俺もパス!」
「いいじゃないかよどっちか一人くらい……」
慶王大学内にある一室で打ち合わせをしていた姫野ツインズはサークルの仲間の萩野を悩ませていた。
「向こうは姫野に来いって言っているんだぞ?」
「だからその打ち合わせに、どうして俺達二人が行かないといけないんだよ」
「そうだよ。萩野でいいじゃん」
「だからさ。さっきから言っているだろう……」
そういって萩野はスマホのメッセージを読み上げた。
「『重要な打ち合わせなので慶王大学は三田会代表の姫野さんが来てください』って。ほら。代表の白鳥さんから来ているんだよ」
都内にある大学で合同開催されるイベントの打ち合わせを双子は面倒臭がってた。
「めんどくさいな……そうだ!荻野が俺の振りすれば?」
空の軽口にさすがの荻野はキレてしまった。
「俺は白鳥さんとやりとりしているんだから顔は知られているんだって!もう、一人でいいからさ!出てくれよ」
「仕方ないか。これは……大地か?」
「そだね。俺の方がいいかな。わかったよ」
こうして打ち合わせが済んだ二人は、部屋を出てキャンパス内を歩いていた。
「会社に行くのは俺の日か」
「そだよ。俺、そのイベントの資料に目を通しておくよ」
こんな会話をしているスーツ姿の姫野ツインズを学生達はそっと目で追っていた。
姫野ツインズは慶王大学のすべてのサークルが所属する三田会という組織の代表を務めていた。
北海道の洞爺湖畔で育った素朴な二人だったが、己のポテンシャルを出し切ったらどうなるのかな、と思い、大学入学をきっかけにやれる事を何でもやってみたのだった。
サークル活動も何に入ったら良いのか分からず、とにかく一番大きな組織のトップをやってみようぜ、と気軽に考え、これを二人で知恵を出し挑戦した結果、現在のようにトップの座に上り詰めていたのだった。
「じゃあな」
「おう!」
そして空は会社へ、大地は自宅のマンションへ向かっていた。
毎日のコーディネートが面倒だった二人は、基本スーツ姿である。
靴はスポーティーなものでカバンにはパソコンを忍ばせていた。特に高級志向ではないが、ゲリラ豪雨に耐えるダイバーウォッチや、OA機器は最新型の高機能の物を使っていた。
今日のスタイルも見た目は完全にサラリーマンの空は、インターンで世話になっている証券会社にやってきた。
「来た!よかった……あのね、姫野君。これから執行部の会議なの。姫野君にでてもらえないか、部長がうるさくて」
「承知しました。私も勉強させていただきます」
こんな謙虚な態度を取った空は、同じ部署の女性に頼まれて会議に参加した。
その頃、大地は自宅へ向かっていた。
「待って!姫野君」
「……俺に何か用?」
呼び止めて来た女子達を大地は面倒臭そうに振り返った。
「あのね!今度合コンがあるんだけど、来てくれないですか?」
「ごめん。忙しいから無理」
「じゃあ、姫野君に合わせるから!お願い、来て!」
女子達数人に懇願された大地だったが、ふと腕時計を見た。
「やばい?こんな時間かよ。ごめん!他の人を誘ってよ」
こんな慌てた態度を取った大地は、えええ?と黄色い悲鳴を後にして走り去った。
こうしていつものように一日の仕事を済ませた二人は、自室で仲良くゲームをしていた。
「……そうだった。あのさ、イベントの件だけど、どうしても俺達二人に来いってさ」
「なんだそれ?二人も行く必要あるのか?」
すると大地が肩をすくめた。
「なんでもさ。代表の白鳥さんが俺達が来ないと失礼だって、怒ってるってさ。萩野が困って電話してきたし」
「俺、話をよく聞いてなかったけどさ、一体何をやるのさ」
すると大地がゲームを止めずに説明した。
「代々木公園にテントを出して親睦目的絵合同で祭りをするんだと。最後に花火をあげるみたいだよ」
「ふーん。祭りか」
この後話し合った二人は萩野の顔を立て、この会議に参加することにした。
そして当日。
姫野ツインズは打ち合わせの女子大にやってきた。
周囲は女だらけで結構熱い視線を送られていたが、これに構わず二人は颯爽と歩いていた。
「ここか。失礼します」
どうぞ。と言う声に空はドアを開けた。
「ようこそ、当大学へ。姫野さんって二人いるんですか?」
「俺達双子なんです」
「ど、どうぞ。向うの席です」
案内された席に移動中もそっくりの二人はその双子というだけではなく、スーツ姿の洗礼された姿が注目の的だった。
やがて会議は始まった。
「私は女子大のサークルを統括している菊水会の代表、白鳥可憐です。こちらは」
「こんにちは。副代表の妹の凛香です。どうぞよろしくお願いします」
現役バリバリのお嬢様。白鳥姉妹の進行に集まった学生の代表はじっと聞いていた。
「まずは各自己紹介をお願いします。まずは慶王さんから」
「今日は宜しくお願いします。私は三田会の代表、姫野空、でこちらが大地です」
「こんにちは。宜しくお願いします」
北国育ちの二人は肌が白く、大きな瞳が映えて見えていた。見るからに利口そうな顔つきで背も高く動きもしなやかな彼らに参加の女子大生達は思わず顔を赤らめた。
「では次の大学の方、お願いします」
こうして挨拶が一巡したので、姉妹はいよいよ本題を話し始めた。
要するに各大学で祭りの露店を出して欲しいと言う事だった。この会議があまり意味のない事を知った二人は早く終えたい一心で、黙って座っていた。
そして説明会は終了した。
席を立とうとした姫野に可憐が話しかけてきた。
「慶王の姫野、ええと空さんでしたっけ?」
「どちらでも結構です。なんですか」
「露店ですけど、慶王さんは何のお店になるのかしら」
これに大地が応えた。
「そうですね。たぶん業者に頼むと思います」
「業者って?」
「ええとですね」
イタリアンレストランや、アジア料理の店の人に、自分の店の料理を出店してもらう予定だと大地は話した。
「利益はありませんが、こっちのロスはありませんし。店も売り上げになるのでウインウインの関係です」
「なんかそれ、ずるくないですか?自分達は何もしないってことでしょう」
他の参加者はくすくすと笑い出し可憐は腕を組み、大地を見下ろした。
「我々の予算は潤沢にありますし、いつもこの形ですので。まあ、手配が仕事ですね」
「姫野さんは凄腕だって聞いていたんですけど……そうか、お金を使って何もしないのか」
妹の凛香はそういって足を組み直した。
美人姉妹で有名はこの二人に、すっかり呆れられた二人だったが、それよりも早く話を終えたかったので帰ろうと席を立った。
その時、姫野と可憐の席に男子学生が集まってきた。
「白鳥さん。あの、よければ連絡先を交換して欲しいのですが」
「自分もお願いします」
学生達からモテモテの白鳥姉妹はこれに目もくれず、姫野ツインズを見つめていた。そして凛香が大地に声を掛けた。
「姫野さん。慶王さんとはもう少し話をしたいので、ランチルームでお食事していきませんか?」
白鳥姉妹からのまさかのラブコールに、周囲は驚いて姫野ツインズを見た。
すると空は優しく微笑みながら可憐を見つめた。
「せっかくですが、時間がないので」
「すみませんが、これで失礼します」
空と大地はそういうと、ポカンとした顔の彼女達を置いて部屋を退室してしまった。
やがて二人は長い廊下を歩いていると、追いかけてきた凛香に呼び止められた。
「待ってよ?あの、いいの?私達と食事ができるのに」
白鳥姉妹は美人で有名だったのは姫野ツインズも知っていたが、これに興味は無かった。
「すみません。本当に時間がないので」
「白鳥さん。今後はうちの萩野が連絡するので……いくぞ、空」
二人は凛香にそう言って、女子大を後にした。
その後忙しくてこれに構っていられなかった二人だったが、さすがに当日は会場の公園にやってきた。
「お疲れ様です!」
「どうも。今日は宜しくお願いします」
慶王が手配したテントの下で販売をする店の人達に空と大地は挨拶をして行った。
「こんにちは。へえ、来ないかと思ったわ」
執行部のテントに顔を出した空と大地を可憐は呆れた顔でみていた。
取り巻きの男子に囲まれた可憐は白いTシャツに短いスカート。足元はミュールだったので空は眉をひそめた。
「何よ」
「いえ別に。そんな恰好で動けるのかなと」
「あなたよりも働くから心配しないで。それよりもそっちの露店は大丈夫なの」
「アイスクリームの店を手配したので、問題ないですよ。仲間にもメールしたし、インスタ映えするアイスなので、客も来ると想定してます」
「……うちは売店で利益を出す予定だけど。どうやって利益を出すつもり?」
「詳しくは言えませんが。今回はネットの広告収入があるんです」
大地の答えを可憐はふっと笑った。
「フフフ。頭を使って……君達は何もしないのね。期待して損したわ」
綺麗にメイクした顔で可憐は空を見つめた。
「別に。結果論だから。成功すればどんな方法でもいいでしょう。そんなことよりもそっちの売店は?」
可憐の背後では凛香がひいひい言いながら用意をしていた。
「お姉ちゃん!手伝ってよ」
クレープと書いた店の看板だったが、空の目にも用意はままならないのは明らかだった。
「他に手伝いは?」
「うるさいわね!私達だけで大丈夫よ!」
「空!ちょっと……」
大地に呼ばれた空は、姉妹から離れたところで話を聞いた。
「萩野の話によると、女の子らしく手作りするって言った手前、後に引けなくなったらしいよ」
「どうみても作れそうもないけどな」
一応材料はそろっていたが、手つきと言いスピードと言いとても売り物になるとは思えなかった。
「凛香がやるっていったのよ」
「お姉ちゃん。私のせいにする気?」
しまいに喧嘩を始めてしまった姉妹を見るに堪えなかった姫野ツインズは、このテントに足を踏み入れた。
「貸して」
「ほら、早く」
なんでそんな事を言うんだろうという顔で、場所を代わった姉妹は、手際良くクレープを作りだした姫野に目を見開いた。
「一応味を確認してくれ。どうかな」
大地がはい、とくれたクレープを食べた可憐は力強く頷いた。
「うん。これでOK!」
「何がOKだよ?もういいからさ。あっちに行ってよ」
邪魔!邪魔!と二人に追い出された姉妹は仕方なく祭りをぶらぶら歩き時間を潰していた。しかし何か手伝わないといけないとやっと目覚めた姉妹は、クレープ売り場に戻ってきた。
「うわあ?凄い列」
「姫野君。大丈夫?」
すると手際よく販売していた大地が、姉妹に両替を頼んだ。
「それならできるもんね!行こう」
姉妹はやっと出来る事を与えらて嬉しそうに実行会のテントへ走って行った。
そんなこんなであっという間にクレープは完売した。
「さすがに片付けはやらせてもらいます」
「当然だな。おい、空。うちの方は問題ないだろう」
「うん。もう済んだみたいだよ」
この動きの良さに可憐は気になっていた事を聞いた。
「あのね。どうして二人はこういう事ができるのに、業者さんに頼んだの」
「そうか。俺達が出来ないから頼んだと思ったんだね」
空は、自分達が何でもやると来年の人が大変になるので、セーブしていると話した。
「それに食中毒とか、食材の用意とか本当に大変だからね。なるべく負担をへらしているんだ」
「なるほど」
その時、外にいた筈の大地がテントに駆けこんできた。
「空。こっちに来て!」
大地の声に空は慌ててテントの外にやってきた。
「あの空見て。花火師さんは天気が心配だって」
「積乱雲がすごいスピードで……これは……」
この黒い雲を見た空は、腕時計を確認した。
「気圧がこの数値……それにこの風……」
「俺も今、気象庁のデータを見ている……やばいなこれ」
「ああ……。これはダウンバーストだ。大地!テントを畳むんだ」
双子は素早く動くと、仲間に指示をし、テントのカバーを外させて行った。
「ちょっと!何を勝手な事をするのよ!」
姫野の暴挙に、可憐はびっくりして叫んだ。
「これから嵐が来るんだ!危険だぞ」
すでに強風が吹き始めた会場の空は黒くなってきた。
「早く!テントを外せ!吹き飛ばされるぞ!」
素人でも分かる危険な雲行きに、男子学生も慌ててテントを外し始めた。
「なしてそげんこすっと?」
「何言ってんだ!お前も手伝え!」
空に怒鳴られた可憐は、驚きで立ちすくんでしまった。
その時、パラパラと空から何か落ちてきた。
「雹だ!頭を守れ!」
空の怒号で周囲の物はそばにあったパンフレットを頭に乗せていた。
そして今度は大地が叫んだ。
「皆!伏せろ!来るぞ」
会場に生ぬるい風が吹いたと思うと、ごおおおと風が吹いた。会場には悲鳴が響いていた。
「危ない!」
空は近くで立ちすくんでいた可憐を抱きしめ一緒に芝生に伏せた。
「どげんしたと?」
「良いから黙って!」
その横ではやはり大地が凛香に上着を掛けて守っていた。服の下の凛香は何が何だか分からず大地に声を張り上げた。
「なんしよと?」
「ちょっと黙って!」
ゴオオオと吹きつける風の中。
空と大地は嵐が過ぎるまで身を呈して彼女達を守っていた。
「ああ。やっと過ぎた……」
大地が起き上がると、そこは店の商品が吹き飛び、まさに嵐が過ぎ去った後となっていた。
「あんた……なんばしよっと?」
大地の下からゆっくり起き出し髪が滅茶苦茶になっていた凛香は彼に呟いた。
「妹さん。御国言葉になってるべさ」
「あんたもやろ……それはなに?」
「ああ。これ。画像を撮っていたんだよ。テレビ局に売りつけようと」
「せからしか?あ、腕から血が出ているわよ」
「ん?雹に当たったかな。別に平気だし」
何でも無い顔をしている大地に凛香は胸がキュンとした。
「それよりも花火大会だ。空!どうだ?」
可憐を安全な場所に移動させていた空は、大地に掛けてきた。
「決行だ。危険なものだけ除去しよう」
そういって散らかった物を役員と手早く拾って行くジャージ姿の姫野ツインズを白鳥姉妹はぽーっ見ていた。
そして祭りの露店は終了になったが、花火は打ち上げられた。
……ド―――――ンッ
皆が花火を見ている時、空は可憐の元に来た。
「白鳥さん。今回、そちらは商品に損害が合ったでしょう。でもさっきのダウンバーストの映像が高く売れそうなので。このお金を弁済に当ててください」
「……どうしてそんなに親切なの。私、意地悪を言ったと思うんだけど」
すると空はケロリとした顔で話した。
「俺は花火大会が無事に終わればそれでいいので」
「何よいい子ぶって」
「何とでもどうぞ」
そう言って彼は慶王の仲間の所へ行ってしまった。
「……お姉ちゃん。どうしたの」
「え?あの、何でも無いわよ!」
九州の土建屋の金持ち娘の二人は、姫野ツインズの逞しい背をじっと見つめていた。
「あ、あんた慶王の萩野君でしょう!ちょっと顔貸しなさいよ……」
姉妹に捕まった萩野は、質面攻めにあった。
「では聞くけど、姫野さんには彼女はいないのね?」
「そうですけど。あのですね。白鳥さんは無理かと思いますよ」
「はあ?あんた誰に言ってるの?」
すると萩野はスマホ取り出した。
「この画像ですけど。ここに映っている女の子いますよね。姫野達は彼女が天使だっていって、誰とも付き合わないんですよ」
「天使……この子が」
ツインズと笑顔の小花を見た凛香は萩野に向かった。
「どこがそんなにいいのよ」
「明るくて健気で、謙虚で。努力家でいつも頬笑みを絶やさない自分達の天使だそうです」
「バカにして……お姉ちゃん?どうしたの」
「フフフフ。私一つも当てはまって無いなって思ってさ」
「私もだ?」
フフフと美人姉妹は腹の底から笑いだした。
彼女達の取り巻きはそんな二人を不思議そうに見ていた。
祭りの後のゴミを必死に手で拾っている空が、可憐には綺麗に見えた。
こうして夏の嵐は、学生達に熱い思いを吹きつけて行ったのだった。
完
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