177Special 愛戦士 札幌熱血戦 

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177Special 愛戦士 札幌熱血戦 

一 腕ききはバーにいる 「総統。間も無く千歳です」 「懐かしいな……あれは羊蹄山(ようていざん)かな」 「そうです。あ。君。水を」 彼は水をもらうと総統に渡した。 「飲んでください。これから病院に移動なんですから」 「わかっているよ。それにしても(わん)も札幌に着いたら少し遊べばいいさ」 「ご冗談を。私は護衛に行くのですから」 「そうかい。札幌には可愛い女性がたくさんいるのにね」 「着陸ですよ。ほら」 高齢の彼を優しくサポートした彼はそっと窓の外を見ていた。 「可愛い女性か……」 つぶやく彼らの専用機は新千歳空港に到着した。 ◇◇ 「おはようございます」 「おはよう。なあ、鈴子よ」 「なんですか?」 夏山愛生堂。朝の中央第一営業所の姫野は愛する彼女に窓の外を指した。 「ごらん。綺麗な羊雲(ひつじ)だよ」 「まあ?あれはうろこ雲じゃないんですか?」 「羊だよ」 「うろこよ」 「なになにどうした。朝から」 やってきた石原はふわあと欠伸をし、並んでいた二人の肩を背後から抱いた。 「何をそんなに騒いで……」 「う?口が臭いですわ?」 「お酒とタバコの匂いがひどいですよ」 「お前らの方がひどいけどな!」 あーあと彼はコーヒーサーバに向かった。これを小花はじっとみていた。 「あの口臭にコーヒーが加わるなんて。会社の空気が汚れるわ」 「ほっておけ。ほら?おはようございます」 「おはよう……部長。今朝は早い。う!」 松田は血相を変えて窓を開けた。 「はあ、はあ、はあ?死ぬかと思った」 「なした?」 「……今から私がいいって言うまで話をしないで」 そう言って彼女はデスクから口臭ケアのキャンディを取り出した。 「何粒だっけ。いいや?全部どうぞ」 「はい!飲みました!」 「では窓辺に座っていなさい。はあ、驚いた」 こんな中、小花は掃除を続けていた。 「そういえば風間さんは?」 「今朝は得意先に寄ってから来るんだ。さあ、仕事か」 風間が不在でちょっと寂しそうな姫野を小花はくすと笑った。 「なんだよ」 「別に?さあ、私もお仕事しますわ」 そんな彼女が営業所を出ようとした時、入れ替わりに野口が入ってきた。 「良かった。姫野。今夜時間を作ってくれないか」 「何かあったんですか」 すると野口は相談があるとしか言わなかった。 そこで夜、石原も同席で会う約束をし、野口は戻って行った。 「気忙しいですわ」 「どうせ慎也社長の事だろう」 「……では私は参りますが、今週は他のお掃除が入っていますので、これで失礼です」 営業所に電話が入ったので、小花は彼らにそう挨拶をし、着替えて夏山ビルを退社した。 派遣会社ワールドの社員の彼女は札幌病院のお掃除にやってきた。 「こんにちは。私はどこのお掃除ですか」 「助かった。工事している新館の方なのよ」 同じワールドの派遣社員の掃除おばさんの指示で、小花は新館の廊下を掃除していた。 ここは入院病棟。現在は少ししか入院していないと聞いていた。 工事でごちゃごちゃしている中、彼女は気をつけて掃除をしていたが、人とぶつかってしまった。 「あ?ごめんなさい」 「こちらこそ?お怪我はないですか」 「はい。まあ、私、汚してしまいましたね」 身なりの良いスーツの男性。彼のズボンの裾に水をかけてしまった小花は慌てて綺麗なぞうきんを取り出した。 「このぞうきんは下ろし立てですので。ああ。どうしましょう?クリーニング代を請求してくださいな」 「どうぞ。お気遣いなく」 「そんなわけには参りませんわ。それに私の自腹ではなく会社が払うので。この名刺まで請求書を」 「……どうしたんだ」 「総統。彼女とぶつかってしまいまして」 ここに現れたのは車椅子の老人だった。彼はにっこり微笑んだ。 「お嬢さん。うちの者が失礼をしたね」 「いいえ。とんでもない事ですわ。私の方こそ、この方のスーツを汚してしまって。申し訳ございません」   小さくなっている小花に対し、車椅子の男性はそばの男を嗜めた。 「君。彼女を責めてならなんぞ」 「申し訳ございません」 「そんな!この方は悪くないです。全てはこの私のせいですわ」 「ハハハ。これは仕事熱心だ。日本人の美徳かな」 「総統。お時間です」 男性は老人の車椅子を押して行く際、小花に気にしないように、とウィンクをして去っていった。 これが彼との出会いであった。 ◇◇ 夜のススキノ個室席。慎也社長の他に常務もいた。仕事を終えた姫野はくたびれた石原を伴いやって来た。 「姫野。悪いな」 「一体。どう言う事ですか」 顔色が悪い慎也はそれでも気を張り姫野の席を空けた。 「石原さんも聞いてくれ。他言無用で。まず食事はこっちで決めるからな」 店員にオーダーすると常務は話し出した。 「いいか。今までにない緊急事態だ」 「やっぱり倒産するんですか」 「俺はやめればいいから関係ないけど」 「冗談を言っている場合じゃないんだ」 常務は緊張な面持ちで語り出した。 「実はな。現在。札幌のある病院に、外国の要人が治療のために極秘入院しているんだ」 この要人。本国では政治的な罪で起訴されている。しかし、本人の母親が日本人であるため、病を理由に日本に滞在していると常務は話した。 「この要人をQとする。日本政府はQと関わりたくないのだが、何か理由があるのだろう。東京じゃ目立つのでこの札幌にいるんだ」 「話はわかりましたが。なぜ、その話が夏山と関係するんですか」 「……Qは反対派勢力に命を狙われているんだ」 慎也は苦しそうに話し出した。そんなQは今回は一般人として来日している。さらに警察や自衛隊がQを保護するのは、Qを支援する事につながりかねないと語った。 「ちなみに。今はどうしているのですか」 「政府が雇った民間人がQの警備をしている。まあ、これは良いとして」 「ああ、そっちが問題だな」 常務と慎也はうなづいた。慎也は思い口を開いた。 「それがな。このQって人は。RhマイナスA B型なんだよ」 さらに白血球の型まで合わせないとならない病だと慎也は唸った。 「俺もどんな病気か知らないけど手術の際、輸血の問題があるそうだ」 「その血液は足りるんですか?」 「姫野。白血球の型までとなると、キツイんじゃないか」 「そうなんだ。だから現在日本中から集めている」 姫野と石原の話に常務が続けた。 さらに警察の調べによると、テロリストがこの血液集めを妨害していると話した。 「どう言う事ですか」 「関西の方ではこの型の人物に不審な電話が相次いでるそうだ」 「なあどう言う意味だよ姫野」 わかっていない石原に姫野は解説をした。 「Qの命を狙うテロリストは輸血用の血液を奪い、Qの殺害を狙っているんですよ」 「そんなことは無理だろう?だって、日本中から届くんだぜ?なあ」 「石原。実はその血液の輸送を我が社に頼んできたんだ」 「へ?」 怖い顔の常務に石原は目を瞬かせていた。慎也はじっと一点を見つめていた。 「建前は民間人の手術。これに政府は干渉しない方向なんだ。よって、我々民間でやってくれと言うことさ」 「しかしながら。血液輸送は赤十字がすればいい話でしょう。千歳空港からドクターヘリで病院まで行けばひとっ飛びですよ」 そんな姫野に常務は首を横にふった。 「ダメだ。赤十字マークのヘリなんか。血液を運んでいます、と言っているようなんもんだ。テロリストに狙われる」 「じゃ、自衛隊か、警察……そうか?公の機関の協力はダメなんですね」 「そうなんだ」 赤十字も不安を抱えている中、夏山愛生堂に政府から協力要請が来たと慎也は唸った。 「俺としては社員の命が優先だから、本当はやりたくない。しかし、血液だもんな」 この話に部下たちは俯いた。 「ただの荷物なら宅配便だと思うよ。でもこれって誰かが運ばないといけないのなら、やっぱり薬屋のうちになると思うんだよ」 「社長……」 「そうですね。社長のおっしゃるとおりですね」 北海道を代表する男の顔になってきた慎也に、姫野と石原は感動していた。そんな中、常務が説明をした。 「いいか。全道にも同じ血液の人がいるので術日前にこちらに来る」 「血じゃなくて本人が来るんですね」 「そうだ。あとは手術日に合わせて血液が運ばれてくる」 羽田と関西国際空港から新千歳空港に来るものと、仙台からフェリーで苫小牧港。新潟から小樽港へ来るものがあると常務は話した。 「千歳と苫小牧と小樽。この受け取りと運搬を夏山でやる。この作戦の指揮を、姫野。お前がやってくれないか」 「常務。なぜ自分なんですか」 「……お前は手段を選ばない男だからだ」 目的のためならどんな手を使ってでも達成する姫野を常務は信用していると話した。 「それに。今回はテロリストが絡んでいる。時間もないし大勢で話し合いはできない。数人のチームでやるしかないんだ」 この常務の切迫した顔を見た石原は姫野の脇を突いた。 「姫野、やってやれ。俺もなんでもやるから」 「部長」 「俺からも頼む。姫野。なんとかしてくれ」 「慎也社長……わかりました」 ほっとした上司達に姫野はすっと人差し指を立てた。 「まずは他言無用です。さて、詳しいスケージュールを教えてください」 不夜城ススキノ。北海道の医薬品卸の彼らは大きな任務を前に策を練っているのだった。 続く
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