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三 ワインカラーの恋人
「ミス小花。総統からのボランティアのお願いです」
「なんですの?」
入院中の彼は札幌名物の食べ物が食べたいと言っていると王は話した。
午前中の掃除を終えた彼女は、合間に買ってきますか?と応じた。
「一走りで行ってきますわよ」
「私が車を出す。マイク!あとは頼んだぞ」
「へ」
こうして小花は王の車に乗ることになった。
「これは……RX―8ですね」
「そうです。車に詳しいのですね」
「身近にいる人が拘っているので」
かっこいい赤い車で二人は札幌の街に繰り出した。
「王さんは日本語も札幌の街にも詳しいんですのね」
「こっちの大学に留学したことがあるんです。ねえ、ミス小花。まずは『きのとや』に行きますよ」
こんな二人は楽しくドライブをしていた。
「へえ、そんな勉強をしているんだ」
「社会に出ても一切無用の学問ですわ。私に物理は必要ないわ」
「ふふふ。私に怒ってもしょうがないですよ」
信号待ちの王は素直な笑みを浮かべた。
「そして。お兄さんのいる会社を掃除ですか。どうして妹だって言わないんですか」
「……最初は偶然だったんですの。勤務先が夏山になってびっくりしましたけど」
夏山ビルは改装のため亡き父の社長室が撤去の予定だった。これを間近に見られるチャンスなので嬉しかったと頬を染めた。
「だからいいのです」
「私が聞いているのはあなたのことです。あなたは娘なんだから、当然受け取る財産や権利があるんですよ」
「そう、かもですね。でも、もう要らないのよ」
寂しそうな小花は窓の外を眺めた。
「私はお母様の治療費が欲しかっただけ。でもお母様がお亡くなりになったので要らないの」
「慎也社長を恨んでいるのか」
「ううん?最初はそんな気もあったけど、お兄様は社長業で苦労されてるわ」
彼女は今のままで良いと笑った。
「気楽でいいし。それに、お兄様のそばにもいられるし。私は自分の幸せは自分で掴むから」
「……」
「ねえ。王さん。あそこよ。オムレットを買うんでしょ?」
停めた車からダッシュで買い込んだ小花に、王は次の店に向かった。
こうして二人はグルメを買い込んでいた。
そんなドライブ中。信号で二車線道路で停まった時、小花の隣に夏山愛生堂ヴィッツが停車した。
「あ。恩田さん」
「……なんだお前。その車は」
「ボランティア中ですの」
「は?外交官ナンバーって、おい」
すると恩田の助手席の竹野内が、信号が変わると言い出した。
「くそ。スタートダッシュで負けねえぞ」
「競走なんかしませんわ。え、ええええええ」
「大丈夫。任せて」
王がアクセルを吹かす中、やがてシグナルが青になった。
王の赤いRX―8は綺麗にスタートした。これに恩田も反応した。
「王さん!?」
「負けるのは嫌なんですよ……まあ、こんなもんか」
制限速度内。ただスタートを早めた王はこれに出遅れた恩田と先の道で並走となった。
そんな恩田は覚えていろよ、と捨て台詞を吐いて左折していった。
「もう!王さん」
「怒らないで小花。さて。ここかな」
不機嫌な彼女を連れてやってきたのは札幌で人気のソフトクリームの店だった。
これに目がない小花は、目を星にして店内に入っていった。
「さあ。お好きなものをどうぞ」
「いいの?あのね。そっちのあれをたっぷりダブルで」
注文した小花は席を陣取るというので、王が支払いをしていた。
「あの……お客様。彼女さんがハンカチを落としましたよ」
「ありがとう。僕の彼女はそそっかしいんですよ」
王の笑みに店員も微笑んだ。そして早く早く!と待っている彼女の元に、王はアイスを運んできた。
「お待たせしました、お姫様」
「まあ?こんなに大きいのね」
食いしん坊丸出しで急に恥ずかしくなった彼女は、王にも少し食べてくれとスプーンをくれた。
「いいのですか?」
「だって私一人では無理よ。二人で切り崩していかないと!」
こうしてガラスの器に入ったアイスを二人で突いて食べていた。
「こっち。この部分が美味しいわ」
「どれ……これって。こっちのカステラとミックスさせるともっと良いかも」
「やります。ええと、どれとどれがどうですって?」
「ダメだよ?スプーンを貸してごらん」
王は彼女のためにスプーンの上に小さなパフェを作ってくれた。
「食べますわ…………」
「どうした?」
「キーンときた」
「ふふふ。ハハハハ!」
笑う彼を店内の女性がチラチラと見ていた。
長身の彼は映画俳優と言ってもおかしくない素敵な面持ちだった。
「でも美味しい?ああ。このままアイスに埋もれていたいわ」
「君が望むなら、そうしてあげるよ」
「まあ?王さんは優しいので鈴子はわがまま娘になりそうよ」
「いいよ。なって」
この冗談のつもりの二人の会話。店内の女子は赤面して聞いていた。
「好きだよ。鈴子」
「そーんなこと言わなくても鈴子は誰にも秘密を漏らしませんわ」
「違うんだ。僕の目を見て……」
「充血してますわ。お疲れよ?」
「君が一緒に寝てくれないせいだよ」
「鈴子の寝相はひどいのよ?もっと眠れないわ」
「ああ、君をベッドに誘うにはどうしたらいいのかな……」
こんな会話に心臓バクバクの客を他所に二人は店を出てきた。
「さて。病院にこの食べ物を、あ」
「鈴子……やはり恩田さんの情報は本当だったのか」
「ミス小花。彼は?」
彼女は二人の間に入った。そして紹介した。
「王さん。こちらは私の勤務先の夏山愛生堂の姫野さんよ。姫野さん。この方は王さんと言って、入院中のご老人の介護をなさっているの」
今日は頼まれて買い物をしていると鈴子は話した。
「初めまして。王と申します。ミス小花にはボランティアをしていただいています」
「姫野と言います。彼女は私の恋人なんですよ」
こんな二人はにこやかに握手なんかしていた。しかしその手が力は入っていた。
「失礼ですが、介護の仕事にしては、ずいぶん華やかに見えますが」
「小花さんと一緒なのでこれくらい着させてください。しかし日本の医薬品卸のセールスマンは鋭いですね……」
「それほどでも」
「いやいや。参りますよ」
にこやか笑顔のバチバチバトル。ここに何も知らない鈴子が入ってきた。
「姫野さんはお仕事でしょう?私も荷物を置いたら今夜は学校に行くわ」
「……では、後で連絡をくれ。王さん。彼女をよろしく」
「もちろんです」
そして姫野は外交官ナンバーの赤い車が去って行くのを憎々しげに見つめていた。
そして駅でおろしてもらった鈴子は学校が終わった夜。姫野から連絡をもらった。
多忙な彼は会いに来れないが、王のことを聞いてきた。
彼女は総統のことは告げず、ボランティアの内容を彼に説明した。
翌朝。
姫野は自宅まで迎えにやってきた。焼きもちでいっぱいの彼であったが、王のことをなんとも思っていない鈴子にほっとしていた。
「お前は最近。札幌病院の掃除をしていたのか。そうか」
「どうかなさったの?」
今抱えている事件。姫野にはつながるものが見えていたが、彼女には何も言わなかった。
「鈴子。お前は俺を信じている」
「どうしたの」
「いいか。危険なことには突っ込むな。何かあったら俺に言え!約束だよ」
「……そこまでいうなら。でもね。姫野さんも、鈴子を信じてね」
こんな二人は手を繋ぎ朝の夏山愛生堂にやってきた。
秋の始まりの太陽は、まだ夏の暑さを持っていた。
◇◇
そうして日が経ち、総統の手術日が近づいてきた。
「総統。ご飯は食べましたの?」
「残念ですが手術を控えているので」
「まあ。それはごめん遊ばせ?」
そんな彼女に彼は笑顔で検査に向かった。見送る小花の背後に王が立った。
「ミス小花。今までありがとう。彼はこれから手術の用意があるので君には会えない」
「そうでしたか。でもリラックスされていましたよね」
それは小花のおかげだと飲み込んだ王は、彼女の手を握った。
「いいか?これから手術が終わるまでこの病院は危険だ。君は仕事を休んで自宅にいなさい」
「出来っこないですわ。明日もお仕事よ」
「休暇を取れ!命がかかっているんだぞ!」
あまりの王の剣幕に小花はびっくりした。
「あ、あの」
「済まない?どうも。気が立っていて」
そんな彼に小花は優しくうなづいた。
「わかりましたわ。そんなにご心配なら、明日は時間を早めて掃除して、早めに帰ります」
「そうしてくれ」
「あのね。王さん。これ」
小花はお手製の入浴剤を取り出した。粉末にした粉を彼は寄り目になって見ていた。
「なんだこれは」
「ハーブの入った入浴剤ですわ。お風呂に入れて王さんもお休みになって」
「……わかった」
「では!お疲れ様ですわ」
元気よく去っていく彼女。王は黙って見送っていた。
そんな彼は人知れず別室に移動し、集まった部下と話をしていた。
(異国語)「同胞よ。いよいよ明日が血戦だ。名誉の死を彼に与えるのだ」
つづく
血戦は金曜日へ
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