29 ホームページがありきたり

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29 ホームページがありきたり

「だめだ!これじゃ」 「社長、恐れ入りますが、どこに問題が」 「だって。ありきたりすぎるだろう」  社長室の慎也は新しくした夏山愛生堂のホームページを見ながら、担当の総務部長に雷を落とした。 「具体的にどういう点ですか」 「他の会社は、会社の歌を歌ったり、社員がみんなで踊ったりするのが有るじゃないか。俺が言っているのはそういうやつだよ」 腕を組み考え込んでいる慎也に総務部長は額の汗を拭いた。 「ですが社長。わが社は卸売りですので、一般の消費者には周知の必要が無いかと」 「それがダメなんだよ」 そういうと慎也は立ち上がった。 「いいか?今の日本は少子化だ」 「はあ」 大きなテーマで話は始めた慎也は窓の外を眺め背を向けたため、総務部長は一旦休めの形で話を聞いた。 「人口が少ないということは、必然的に優秀な人の数も減るという事だ」 「たしかに」 「だから企業は人の奪い合いになる。しかしうちのような卸売りは一般の顧客に接しない。だから。どんどんアピールしないと誰も入社しなくなってしまうぞ」 「はい」 「特に。わが社は人々の命を守る医薬品を扱い社会に深く貢献している会社なんだ。だから頑張っている社員のためにも俺はそこをもっと……え?」 慎也が振り返ると総務部長は涙汲んでいた。 「そこまで夏山の事を……亡くなられたお父様がお聞きになったら、さぞお喜びになったと思うと」 「まったく」  目に涙を浮かべた総務部長に慎也はテッシュを差し出した。 「とにかく。もっと工夫を凝らしてもらいたいのだ」 「わかりました。ですが新しくしたばかりですので、限りある予算も無駄にしたくありません。これは各部署から斬新な案を募ろうかと思いますが、いかがでしょうか?」 「そうだな。また業者任せじゃ、同じなってしまうから。これは、君に任せるよ」 こうして慎也と総務部長の打ち合わせは終了した。 ◇◇◇ 「で。私に何か案を出せと」 「そうだ」 「お前しかいねえもんな」 はあとため息をつく姫野に、渡と石原は素直にうなづいた。そんな二人に姫野は確認した。 「百歩譲って石原部長は良いとして、なぜ中央第二の分も私が考えないといけないのですか」 「社長からのこういう要望は面倒なので、合同で考える事にしたんだよ」 悪びれる様子も無い渡に真面目な顔で言い放った。 「だったら中央第二で考えていただくのが筋かと」 「姫野よ。それは無理なのだ。君が思っているよりもうちの部署にはそれは重すぎるのだ」 「姫野。渡は自分という人間をよくわかっている男だぜ」 「ですが。いつもいつも私ばかりに考えさせておかしいじゃないですか」 この本社は札幌営業部となっており、エリアで中央第一と第二に分かれている。石原が管轄している第一エリアは主に中央区ですすきのや大通りなどの札幌不夜城である。ここは大病院とは異なり、特殊なクリニックが多く存在する面倒な得意先であるが、ここを姫野と風間の二人がメインで担当している恐ろしい状況である。 反して渡の管轄は札幌東地区の大病院が主である。しかも営業マンが十名以上もいるため姫野の怒りは渡に向けられた。 「そんなに怒るな。俺の部下には余裕がないのだ」 「私にだってありません。それに余裕が作るものです!」 「姫野。わかった!決まったら俺たちも必ず手伝う!それにこれは札幌営業所でやることだから。な、渡」 「おう」  彼は黙ってうなずいた。姫野は話し合いが面倒になっていた。 「約束ですよ?じゃ、私はこれで」  用事がたくさんあった姫野は中央第一へ戻ってきた。そして風間とともに車に飛び乗って、得意先のクリニックへ向かった。 「そうですか。今度はホームページか……」  姫野の話を聞いた風間は、首をひねった。 「慎也社長の話では『他の会社の真似は嫌』って事は、『誰も考えつかない事をやる』以外ないですよね」 「そうなると、非常識な物になると思わないか」 「ですよね……うーん」  この後仕事を終えて、二人は直帰した。 ◇◇◇ 爽やかな夏の朝。中央第一営業所に彼女がやってきた。 「おはようございます。清掃します」 今朝も元気良く彼女は掃除を始めた。ウキウキで働く彼女に早朝から出勤している姫野は尋ねた。 「小花。手を止めずに頭だけ貸して欲しいのだが。実はうちの社長が、ホームページがありきたりと言い出して。新たな案を出せというのだ」 「案といいますと?」  彼女は普段石原が座っている椅子を避け、丁寧に床のモップを掛けた。 「流行りの物だろう?社員で踊ったりする奴だ」 「ウフフ。踊ればいいじゃないですか?」  珍しく意地悪をいう彼女に、姫野は眉をひそめた。 「フフフ。姫野さんのダンス……」  背中を向けてクスクス笑う彼女が急に愛しくなった彼は、その姿に微笑んでいた。 「もしもしお嬢さん。ふざけていますよね」 「だって。姫野さんがダンスを踊るなんて」 そう言って彼女は掃除を続けていた。その時、ドアが開いた。 「おはようございます。朝から仲良しですね」  風間の声に姫野が頬染めると、小花は楽しそうに顔を向けた。 「おはようございます。風間さん」 「全く。朝から何なんですか。いちゃいちゃしてさ」 「小花がホームページの件で。俺達が踊ればいいというので、つい」 「あ!それ俺の親父も言っていました」  椅子に座った風間は父親の案を話した。それは」『二人の部長にソーラン節を踊らせる』というものだった。 「なんかあの二人、上手なんだって。親父は言っていました」 「ソーラン節か……」  小花はゴミを集めながら姫野に聞いた。 「それは『よさこいソーラン』ですか」 すると今度は彼がやってきた。 「おはようさん!ん?俺を待っていたのか?」  ポケットに手を入れながら入ってきた石原に、姫野は微笑んだ。 「待っていましたよ、俺達の部長を!」 「でたな悪魔の微笑み……。言っておくが俺は騙されるぞ?」  そう言って石原は嬉しそうに自分の椅子に座った。彼らは今の話をした。 「実はホームページの件ですが、石原部長のソーラン節はどうかと」 「俺の?」 「そうです。あの男のソーラン節です。彼女も見たいと言っていますよ」 「はい、ぜひ!見た事が無いので」 「でもな……受けるかな……」  笑いを取りに行こうとしている石原を、姫野と風間は笑うのをこらえた。 「おはようございます。外まで声が聞こえましたよ、今度はソーラン節ですか」  挨拶しながら入ってきた事務員の松田女史は、机の上に自分のバックを置いた。そんな彼女に風間が座っていた椅子をくるりと向けた。 「松田さん。今、ホームページに渡部長と石原部長のソーラン節がいいんじゃないかと、みんなで話をしていた所です」 「良いですね!それにしましょう!決まり、決まり!あ、姫野係長?昨日の納品のデータの件はこちらです」 「ありがとうございます」 「風間君。昨日言っていた医薬品のリーフレット、中央第二からもらってきたから、これね?」 「助かります!」 「さ、お仕事よ。部長もほら、昨日の売り上げを確認してください」 「おう」 こうして淡々と業務をこなす松田女史から仕事を受け取った彼らは一日の仕事をスタートさせた。    ◇◇◇ この後、姫野はホームページの企画書を出すよりも使用可能な動画を取った方が手っ取り早いと考え、渡と石原に夏山愛生堂の各部署内で、ソーラン節を踊らせる事にした。動画撮影は中央第二のセールスマンに任せ、撮った動画は自分が修正する約束をした。 そんな週末。姫野と風間は仕事が早く終り、帰ろうとしていた。 「お疲れ様です」 「小花も今帰りか?送って行くか」 「先輩!俺が送りますって」 「大丈夫ですよ。早い時間ですもの……あれ?」  その時、道路の向こうからバイクの爆音が聞こえて来た。そのバイクは三人の横に停まった。エンジンを掛けたままのライダーはエンジンを掛けたままバイクに長い足でまたがったまま、ヘルメットのカールを上げた。 「おい!お前、小花だよな?」 「京極君?どうしたのですか」  エンジン音がうるさいので、彼女は叫んだ。 「いいから早く乗れ!始まったんだよ」 「ええ?もうですか?」 「早く!ほら!」 そういって彼は彼女にヘルメットを渡した。 「……小花、どこに行くんだ」 「すみませんが、バッグをちょっと持ってください」  小花は自分のバックを持たせ、ヘルメットをよいしょ、と被った。 「姫野さん。バイクに乗るのを手伝って下さい!」 「これに?だってお前はスカートじゃないか?」 「いいんです、早く早く!」  話も聞かず、彼女はバイクのステップに足を掛け始めた。 「お、おい?ちょっと待て!風間、バックを持て!」  小花のバックを風間に渡した姫野は、またがった彼女の長いスカートを整えてやり、バックを小花の肩に斜め掛けしてやった。彼女は京極にしっかりと抱きついていた。 「OKですわ!」 「先生、悪いけど。小花を借りるから!」  そういってヘルメットのカールを戻した京極は、爆走して行ってしまった。残された二人は路上でぽつんとしていた。 「先輩、なんなんですか?あいつ」 「小花の同級生だ……」 バイクの音が消えた駐車所に夜風が吹いた。二人は大きく溜息を付くと、それぞれ家路に着いた。 その夜。小花の事が気になった姫野だったが、京極は妻帯者であることを知っていた彼は何か特別な課外授業があるのかもしれないと、色々と理由を考えてこの日は床に着いた。 しかし翌朝の休日の10時。やはり気になった彼は思い切って彼女の家の庭の手入れを申し出る口実で、電話を掛けた。 『もしもし。あ。先生かよ』 「京極君。なぜ君がこの電話に……」  小花の電話に出た京極に、姫野は血に気が引く思いがしたが、電話の向こうは興奮していた。 『ちょうど良かった!小花のやつ、疲れて寝落ちしまってさ。悪いけど、迎えに来てくれないかな』 「場所は」 そう言って上着と車のカギを持った姫野に京極は説明した。 『天使病院東病棟の五階』 「すぐ行く」」  マンションのエレベーターも待たず階段を下りた姫野は愛車に乗った。 ……ふう、落ち着け俺。 そういってキーを回した彼はアクセルを拭かせた。そして交差点をドリフト気味で曲がり、彼女の待つ病院へ急いだ。 ◇◇◇ 「へえ?本当にすぐ来た」 「抜け道を使っただけさ」  廊下にいた京極の感心した顔に、むっと来た姫野だったが、長椅子で寝ている彼女にホッとした。 「寝ているだけか。して一体何が合ったんだ」 すると京極も疲れた顔で肩を落とした。 「俺の奥さん。お産が始まったんだけど。陣痛が弱くて長引いて、今さっきやっと分娩室に入った所なんすよ」 「お産でしたか……」  力が抜けた姫野は、すやすやと寝ている小花の頭の方に座った。廊下で立つ京極は頭をかいた。 「俺の嫁さんさ。結婚に反対されて、子供が生まれるのに誰も来ないんだよ。俺の家族はいるけどさ。でも俺と嫁さんと小花は今の学校で仲良かったからさ。小花はどうしても立ち合いたいっていってくれてさ」 「そうでしたか」 すやすや眠る彼女に姫野はそっと上着を掛けた。 「でも。小花の奴、お産の前に疲れて伸びちまったんだ」  その時、分娩室の電気が消えた。 「付き添いの方、中へどうぞ!」  おぎゃあおぎゃと赤ちゃんの泣き声が聞こえて来た。 「う、生まれたんですか?」 「お父さんですか。さあ、どうぞ、他の方も」 これに姫野は彼の背を押した。 「京極君。行きなさい」 「お、おう」 「小花?ほら、生まれたぞ」 「……え」 姫野は彼を先に行かせると、彼女を抱き起した。 「……どうして姫野さんがここに?」  目をこすっている彼女を、姫野は腰を持って立たせた。 「いいから。生まれたぞ」 「あ、行きます。あの、姫野さんも来て」  寝ぼけてよろよろしている彼女を支えながら、姫野も中へ入った。 そこには、出産を終え疲労困憊で横になっている妻の横に立ち、赤ん坊をそっと抱いている京極がいた。 「……由香里、お疲れさん」 「う、うう」 「由香里さん!おめでとう……うう」  小花もベッドに駆け寄った。 この三人の感動の様子を、せっかくなので記念にしようと、部屋の奥から姫野はスマホで撮影をしてやった。その時、部屋に女性が入ってきた。 「由香里……もう生まれたの?」 「……まさか、来てくれたの」 京極と小花に一礼した女性は、由香里の元に進んだので小花は遠慮して姫野の脇に来た。 「娘のお産ですもの。当たり前でしょう」  女性はそういって彼女の前髪を撫でた。 「お母さん……反対していたくせに」 「バカね……あんな喧嘩腰で結婚の挨拶をしに来るから。私達だって引っ込みつかなくなったのよ」 「ご、ごめんな、さい……」 「……そんなに泣いたらダメでしょう。あなたはもう人の子の親なんだから。しっかりしなさい」 彼女はそういって娘の頭を優しく撫でた。 「それと。優太君。連絡ありがとうね」  妻の母親は優太に背を向けたまま冷たく言い放った。 「はい。由香里と子供は、俺が責任持って守りますから」 「今度落ち着いたら孫の顔を見せに来て頂戴。うちの主人が、男の子か女の子か分からないから黄色い服ばかり買って、私も困っているから」 「わかりました。あの、お母さんも、抱っこして下さい」 「……いいの?」  彼の言葉に彼女は振り向いた。 「良いに決まっているじゃないですか」 「私は貴方に……あんなひどい事を言ったのに……」  涙を流す妻の母に、京極は笑顔を見せた。 「そんな事より。さあ。早く」 京極は、妻の母に孫を優しく抱かせた。 「良く寝ていること……二重瞼で鼻が小さいわ」  孫を優しい眼差しで愛でる母に、由香里が応えた。 「鈴音(すずね)っていうの。女の子だよ」 「鈴音ちゃんか。素敵な名前をもらったのね、あなたは」  妻の母は嬉しそうに赤ん坊をあやしていたがここに看護師は入って来た。 検査の時間のため妻の母はそっと看護師に赤ん坊を返した。こうして由香里を残して、全員が部屋を出た。 ◇◇◇ 部屋の外で京極は、妻の母に小花を同級生、姫野をその家庭教師と紹介した。 妻の母は、また明日来ると言い、興奮しながら帰って行った。 「あーあ。疲れた」  そんな京極に小花と姫野は拍手をした。 「立派だったぞ。君は」 「そ。そうかな?」 「そうですよ!カッコ良かったですわ」 恥ずかしそうな京極に姫野ははっとした。 「そうだった?実はね」 姫野は記念の為に動画を撮影していたと告げた。 「このままもいいけれど、せっかくだから編集して君にして渡すよ」 「さすが気が利くな!嬉しっす」 こうして姫野は小花を連れて病院を出た。彼は小花を助手席に座らせた。気が付くと姫野のシャツは横に立っていた小花が勝手に拭った涙で濡れていた。 「姫野さん……お騒がせしてすみませんでした」 「まあ、いいさ。ところであの赤ちゃんの名前って」 「お恥ずかしいですけれど、お二人から名前に『すず』っと付けたいと言われまして」 「そうか……ん、小花?」  助手席で眠る彼女に微笑んだ彼は、軽くドライブをし、目覚めた彼女とラーメンを食べ、家まで送った。そして自宅に帰った彼はさっそく動画を編集した。 ……子供の誕生も素晴らしいが、あの対面は感動したな。  気持ちが高ぶっていた事もあり、感動的な映像な仕上がりに気を良くした彼は、手元にあった石原と渡のソーラン節の映像も編集した。 こうして迎えた月曜日。  会議室では総務部長と社長がホームページの案を見比べていた。 「といいましても、社長。期日まで提出したのは中央第一と第二の合同チームと帯広だけの二つだけでした」 「帯広のはどういうものだ」 「これによると、ひたすら北海道の雄大な景色ですね」 「ありきたりだな……で、中央のは?」 「姫野係長のですので、まともかと思いますよ。観てみましょう」 「……これは」  数分後。姫野は会議室に呼ばれた。 「姫野。これは一体どういう事だ」 「やはり、おふざけが過ぎましたか?」 「ふざけてなどいない!」  慎也の目には涙が溢れていた。 「子供の誕生。娘の母の確執……結婚に反対した妻の母を許す金髪の若い夫……。俺は今、猛烈に感動している……」 「間違えました、すみません」 石原のソーラン節と間違って提出した姫野であったが、慎也は首を横に振った。 「いいや姫野……お前は何も間違えていないよ」 「ですが」 感動に震える慎也がまずいと思った姫野は、必死に抵抗した。 「その。赤ん坊って、ありきたりじゃないですか」 「ありきたりでいいんだよ!ありきたりの幸せが一番だ、なあ?」 「はい!社長」  総務部長のOKもあり、この映像がホームページに載る事になってしまった。 妻の母の顔は横顔にし京極夫婦の了解も得て夏山愛生堂のホームページに採用されることになった。 「わあ?何度見ても可愛いですわ」  後日。みんなで中央第一営業所のパソコンでホームページを見ていた彼らであったが、石原は膨れていた。 「くそ。俺のソーラン節はどこに行ったんだよ」 「大丈夫ですよ。ほら。ここです、夏山愛生堂の社員の様子ってところです」   小さなハートのマークを姫野がクリックすると、石原と渡のソーラン節の映像になった。これに風間はキラキラと話し出した。 「そうだ!俺、この事を得意先の先生に教えたら、すぐ観たみたいで面白いからぜひ入院患者の前で、やって欲しいって言われました」 「風間、それ早く言えよ。渡と打ち合わせしてくるわ」 「今日もめでたし、めでたしね……」  松田女史はそっと閉めた窓には、賑やかな仲間の笑顔が映っていた。 「ホームページがありきたり」完 ありきたりシリーズ②
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