48 その力、最強

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48 その力、最強

「吉田さん。またですわ」  立ち入り禁止のドアを開けた小花は、肩を落とした。 「今度はなんぼだい」 「三つですわ」 「どうしたもんかね……」  吉田婆は頭をかいた。 「総務の蘭さんと美紀さんに相談したのですが、ホームページのリニューアルや新しい制服云々で、これに対する予算がないみたいです」 「困ったね」 「屋上にキラキラしたテープを貼りめぐらしたじゃないですか。あれは一週間しか持ちませでした」 「カラスって言うのは賢いからね」 夏山愛生堂の5階建のビルの屋上にカラスがゴミを運んで来るのが、小花の悩みの種だった。 「どこかからゴミの袋を咥えて来て、この屋上でつつくなんて。まったく許せませんわ」 「でもさ。空を飛んで来るから防ぎようがないもんね」 すると小花は、カタログを手にした。 「総務から借りた本です。この本にカラスを寄せつけないグッズが載っていますが、すぐには買ってもらえませんわ」 「仕方ないか。当分はお掃除がんばろうか」 「そうですね」 こうして彼女は夏山を後にして定時制の学校に向かった。 「なんだそんな溜息付いて」 「実は仕事で……」 授業の前に同級生の金髪の新米パパ、京極が小花に話しかけて来た。 「そんなの簡単だろう。死んだカラスの模型を置いたら一発だぜ」 「その予算の無いですもの」 「そうか……あ!いい事思い付いた。俺に任せておけよ、な?」  バチンとウィンクを決めた京極に不安を抱きつつ、彼女達の授業は始まった。   そして数日経ったある午後。仕事中の小花に京極から今から夏山に行くという電話が入った。 「一体なんですか」  会社の裏のゴミを入れておく倉庫で待ち合わせをした小花に、軽トラックでやってきた京極は木の彫り物を下ろした。 「大工の親方が、廃材をチェーンソーでカットしてつくった鳥だ」 「どこが鳥なの?」 「お前が運びやすいように。バラしてあるんだ。簡単に組み立て出来るぞ」 「本当だ」 「この黒色は余った塗料で適当に塗ったんだ。でも親方がさ、遠くからみるんだったらこれで十分だって。あとはお前が適当に目とか、くちばしとか塗ってくれよ」 「ありがとう!京極君」 「良いって事よ。それ一人で運べるか?」  台車に載せている様子が危ない様子だったので、京極は彼女と業務用のエレベーターに乗り、これを屋上に運んだ。 「針金でギリギリっと。これで地上に落ちたりしないから」 「すごい。この鳥。首や腕が可動式なんですね」 「ああ。まあ。動くカカシと思っておけよ。じゃあな。俺、現場に戻るから」   小花から栄養ドリンクを受け取った彼は、こうして帰って行った。 その後。小花は吉田婆と相談し、鳥の色を塗りこれを完成させた。 「吉田さん!出来ましたわ!」 「おお。なんか怖いね、これ」 「はい。恐怖を表現しました、名前はデストロイヤーですわ」  胸を張り大きな翼を広げた黒い鳥は、今にも大きな声で叫びそうだった。 大きな鳥の模型は夏山愛生堂の屋上から札幌の街を睨みつけていた。 「明日の朝が楽しみだね」 「あ!二人とも、ここにいた」 「蘭さん。美紀さんどうしたんですか」 「大変よ。配送センターにネズミが」 「またですか?私、行ってみます」 小花は立ち入り禁止の部屋から退治グッズを取り出し、階段で地下まで下り、配送の手塚がいる事務所の戸を開けた。 「手塚さん。また出たんですか」 「ああ。チューチューさんは食うものが無かったから。ほら、こんなケーブルをかじりやがった」 「どうしてこんな所に現れるのかしら」 「して。今回もそれか」 「はい。ベタベタ作戦ですわ」  茶色の厚紙でできた本を開くと、そこは粘着シートになっていた。 小花はネズミの通路にこれを五枚ほど床に並べて配置した。 「この囲い方で捕まると思うんです」 「わかった。俺達踏まないようにするから」 お決まりのピンク色の毒団子も置いて、小花は部屋に戻ってきた。 「大変!スズメバチの巣が一階の外の換気扇にあるの。小花ちゃんもちょっと見て」 「ええ?」  飛び込んできた蘭に頼まれて小花も一緒に見に来た。 「今、業者を呼んだんだけど。あ。これ」 「蘭さん。じっとして……」  去ったスズメバチに蘭は肩をすくめた。 「蘭さん。私は駆除の車が来るまで、ここに立ち入らないようにコーンを立てます。蘭さんは社内放送で社員の皆様にお伝えして下さい」 「わかった!小花ちゃん。気を付けてね」 やがて40分程でやってきた駆除業者によって巣は取り外された。 「ふう。さすがに疲れましたわ」 「今日も暑いから。はい、アイス」 そういって吉田は冷凍庫から密かに冷やしておいたバニラアイスを小花にあげた。 「美味しい……」 「本当に美味しそうに食べるね」 こうして動物に振り回されて一日が終るはずだった。 仕事を終えた小花は、一人駅まで歩いていた。 「お嬢さん。よろしければお送りしますが」 車の窓から囁く声に、彼女は首を振った。 「今夜は一人で帰りますわ。姫野さんの方がお疲れでしょう」 「疲れてない」 「嘘ですわ。夜勤明けで今までお仕事していたんですもの」 「本当にそう思っているなら。早く乗って俺を休ませてくれ」  ふうと肩を落とした彼女は、彼の車の助手席に乗った。 「そんなに心配するな。夕べは緊急薬品の電話は9時に一件だけだったから、俺達は朝まで寝られたんだ」 「そういう夜もあるんですね」 「お前。何か食べたいもの、あるか」 「……実は私、自分で餃子を作ったんですが、今までで最高に美味しくできたのです。まだ大量に冷凍してあるので、早く帰ってそれを食べたいですわ」 「俺の分もあるか?」 「あります。冷凍庫いーっぱいですもの」 「俺にもそれを焼いてくれ」 「いいですけど。私、知りませんよ」 「何が」 小花はじっと姫野をみつめた。 「他の餃子が食べられなくなっても、鈴子は知りませんからね?」 「いいぞ。俺を殺してくれ……」 そういって姫野は彼女の自宅へやってきた。 「美味い!?」 「でしょう?ね!」 小花が焼いた餃子を箸でつまんだ姫野は、寄り目になった。 「熱!これ何が入っているんだ?」 「普通です。この餃子の皮の包装に書いてあるレシピ通りに作っただけなんです」 「まさに黄金レシピだな……」 「ただ、茹でたキャベツはきっちり水切りをしました」 「良くやった!焼き方も完璧だし」 「それはスーパーで貯めたポイントでもらった新しいテフロンのフライパンのおかげですわ」  姫野と小花はテーブルを囲んで楽しく夕食を食べていた。 「考えてみたら、お前の手料理を食べたのは初めてかな」 「ん。そうかもしれませんわね。ホッケは焼くだけですし」 「他にはどんなものを作るんだ」 「一人ですのでそんなに作りませんが。野菜いっぱいのお味噌汁やスープは作りますよ」 今夜の食卓にもワカメのスープが合った。 「姫野さんのご実家に行った時のお料理も美味しかったですね」 「料理なんてあったか?」 「お稲荷さん」 「祖母が好きなんでな」 「私も好きです」 「お稲荷さんか、俺か」 「お稲荷さんです」 「俺はお前が好きだけどな」 「私は大好きですよ」  そう悪戯そうに言った彼女は、姫野の顔についたワカメを手で優しく取った。 「……でも、私、お仕事と勉強で手いっぱいで。何もできませんが」 話を遮るように姫野は彼女の手を掴んだ。 「いい。今はそれでいいじゃないか。俺もお前を応援したいんだ」  彼女はうんと笑顔でうなずいた。 「そう言うわけで。お代わり!」 「はい。スープは?」 「もちろん」  大量の餃子を食べた姫野は、彼女の気持ちを知った嬉しさを抱いたが、紳士として振る舞うべく、早々に帰って行った。 翌朝。仲良く車で出勤した二人だったが、会社に一足入れると仕事モードになり、互いの業務をこなしていた。   そして小花が対策をした屋上にはカラスの痕跡が無く、ここはクリアだった。 配送センターのベタベタシートには子ネズミがいたらしいが、小花に配慮し手塚がこれを片付けていた。 そして夕刻。事件が起こった。 「おい。どさんこテレビに映っているのは、うちのビルじゃねえか」 地元テレビを見ていた中央第一営業所の石原の声に、姫野はボリュームを上げた。 『こちら現場です。今朝ほどから札幌駅近くのビルの屋上にオオワシがいると電車の乗客から目撃情報が届いております。今の季節にいるはずのない鳥ですが……』 姫野は窓の外を見ると報道陣らしき人がたくさん集まってきていた。 「どうしてうちの屋上にオオワシがいるんだ?」 「姫野。行って見て来い」 「社長も不在ですしね。見て来ます」  警備員が報道陣を押さえている間に、姫野は階段を駆け上り屋上にやってきた。 「あ。姫野さん」 「一体これは?なんだこれ」 「これ、烏対策の模型なんだけど、騒動になってるらしいね」 吉田婆はそう言って笑った。 「模型?」 「はい。あ、報道陣の方ですか?こちらへどうぞ」  屋上にいた小花の案内にテレビカメラが回った。姫野は驚きで見ていた。 『これは一体なんですか』 「烏避けに作った模型でございます」 『模型?制作者は?』 「高校の仲間の京極君の親方です。チェーンソーで作って下さいまして。ほら、腕も回る可動式になっているんです」 『これを配置して効果はいかがですか』 「烏は参りませんが。皆さんがお越しになりましたわ!」 『ハハハッハ。これはやられました。では最後にこちらは何の会社ですか?』 「はい。『緑育む北の大地。命繋いで百周年。医薬品総合卸売会社、夏山愛生堂』でございます!」 『以上、現場からでした!』 報道陣がオオワシの撮影をしている中、小花は姫野の元に駆けて来た。 「あの。会社のタイトル間違えていませんでしたか?」 「合ってる。大丈夫だよ」 「よかった」   そういって彼は彼女の頭をそっと撫でた。 「君は最強だよ」 「ん?聞えませんわ」 「ふふふ」 夕焼けの染まる街。屋上に吹く南風に二人は揺られていた。 「その力、最強」完
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