66 ロンリーナイト

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66 ロンリーナイト

「あ。まただわ」  スマホで小説を読んでいた小花は、口を尖らせた。 「どうしてこの人からコメントが来るのかしら」 彼女はそっとスマホのカバーを閉じた。 翌日の昼休み。 一緒にお弁当を食べている時、小花は蘭に訊ねた。 「見て下さい。この方からまたコメントが来たんです」 「……何これ。内容はハイテンションだね」 「そうなんです」 「削除すれば?」 美紀はコンビニのサンドイッチの袋を開けながらつぶやいた。 「何度やっても出来ないんです」 「何がどうしたのさ」  この話に良子部長が入って来た。 「エブリスタって小説が無料で読めるサイトの事ですわ」 「エブリスタ……それって若い娘は知っているものなの」 「当然ですけど、良子部長はガラケー……あ?変えたんですか?」 「アンタ達さ。私を老人扱いしてたでしょ」 「だって。ガラケーと心中するって」 「やっぱり。この前の日曜日に、めちゃかっこいいおじさんと携帯ショップにいたの、良子部長だったんだ?」 「うふふふ。いいじゃないの、でさ。エブリスタっていうのを、私も読めるようにしてよ。ほら」 蘭は良子のスマホを操作し、読めるようにしてやった。 「字が小さいわね……大きくできないの?」 「それが無理ならパソコンで読んで下さい。で、小花ちゃんは何を読んでいるの?」 「『ぞうきんガール』という恋愛ラブコメディです。主人公の女性の気持ちが、私にはよく分かるので」 「へえ。私も読んでみようかな」 「字が小さいのに?」 「眼鏡を掛けるわよ!見てなさい。あんた達もその日が来るんだから……ええと『ぞうきんガール』ね、良しと」 「ね。ところで小花ちゃん達って、富良野に旅行に行くんでしょう」 「はい。よくご存じですね」 「風間君が言いふらしているもの」 「え?いいな……富良野」 良子はなぜがうっとりした。 「良子部長も、例の彼氏と行けばいいじゃないですか」 「そうですよ。お泊りで」 「ええ!?止めてよ。か、からかわないで」 「有給取ってさ」 「そうそう。三泊くらい」 「止めて―。恥ずかしい……」  こうして良子を沈めた蘭と美紀は、いよいよ本題に入った。 「でさ。小花ちゃんって。どっちが好きなの」 「何のお話しですか」 「とぼけて……姫野係長と風間君よ」 「……どちらも好きですよ」 「まあ、そう言うと思ったけどさ」 「じゃ。質問です」 蘭が問題を出し始めた。 「困った時、相談に乗る人は?」 「松田さんです」 「一緒にいて楽しい人は?」 「風間さんです」 「優しいのは」 「風間さん」 「姫野係長、出て来ないじゃん……」 今度は美紀が質問した。 「面白い人は」 「石原部長」 「いつも助けてくれる人は」 「手塚さんですね」 「ええ!?じゃあ褒めてくれる人は」 「伊吹君かしら」 「姫野係長が出て来ないし?」 「そうですね……今の中にないですわね……」 彼女はうーんと考え込んでしまった。 「小花ちゃんにとって、どういう人なの」 「意地悪ですし、冷たいですよ。勝手ですし。怒ってばかりだし」 「最低だな」 「でも。甘えさせてくれるんです。何でもいいなさいって」 「うわ……来た!聞いたかよ?美紀」 「うん。でさ、小花ちゃんて、そう言う時はどうするの?」 「この前は……眼薬を挿して下さいましたわ。私、どうしても出来なくて」 「ど、どうやって?」 小花はあの状況を説明した。 「膝枕?やばい?鼻血がでそう」 「姫野係長、嬉しかったろうな……」 「口も性格も悪い方ですが……お優しいんです」  そういって頬を染めた彼女は、茹でただけのブロッコリーにフォークを刺した。 「マジでラブラブだぜ」 「いいな……」 「蘭さん?どうされたんですか?」 「隠しても仕方がないけど。蘭は、彼と別れたの。浮気ばっかだし」 「そうでしたか……」  ランチタイムはお葬式のように静になった。 「でも。私から振ったし。それにもう……ふっきれたからさ。みんなも気にしないでよ」 蘭はそういって笑顔を見せた。 「蘭。きっと本当の愛が見つかるわよ。ほら、私の卵焼き、あんたにあげるわ」 そう言って良子は、差し出した。 「良子部長……」 「あんたはまだ若いんだからさ。これからでしょう?くよくよしなさんな」 「……はい。私、頑張ります」  涙を拭いた蘭に、休憩室にいた女子社員は拍手をした。 その夜、北海道には台風が接近し、街を熱風が包んでいた。 翌日の土曜日。 「キャーーーー」  雷が鳴り、窓には激しく雨が付けていた。 ……怖いわ。 窓を施錠した彼女は、タオルケットをかぶり北海道テレビを見ていた。 この台風は夜に通過するとアナウンサーが言っていた。 ……ピンポーン……ドンドンドン! 「キャーーー?」 「キャーじゃないよ。猪熊だよ」 「まあ。すみません」  ドアを開けるとそこには近所の首領、猪熊が合羽姿で立っていた。 「大丈夫かい。あんた一人で。台風が来るけど」 「はい。この家は少し高台にありますし」 「じゃ、土嚢は要らないね。何かあったら、連絡しなさいよ」 「ありがとうございます。猪熊さんもお気を付けて」  猪熊を見送ると、小花は玄関にカギを掛け、リビングに戻った。  ……そうか。何か、備えないといけないのね。 しかし。何を備えるのか、彼女にはわからなかった。 ……お休みの日だけど、聞いてみよう。  彼女はスマホで電話をした。 『……もしもし?どうした』 「休日に恐れ入ります。先日、授業で防災の勉強したじゃないですか。災害には何を備えるのでしたっけ」 『……それは俺じゃなくて、先生だろう……』 「は?」 『ああ、鈴音が泣いちまった……。小花、悪いけど俺もわかんねえから、先生に聞け』 そういって京極は電話を切ってしまった。 ……京極君も分からないんじゃ、姫野さんに聞くしかないかしら。 でも。今は姫野は風間と夏山愛生堂の緊急手配用に対応するために会社にいる時間だった。 ……お仕事の邪魔をしてはいけないもの。  そこで彼女は、ロウソク、懐中電灯などをテーブルに置いた。 「そうだ!今の内に御風呂に入りましょう」 夕刻であったが、空が真っ黒で大雨が打ちつけていた。こんな夜は早めに就寝しようと彼女は御風呂を沸かした。 「え?やだ?停電」 身体を洗い終え、湯船に入っていた彼女は突然暗闇に襲われた。 ……♪♪♪♪ 「キャーーーー!……て、スマホの着信?」  小花はバスタオルを巻き付け、スマホの電話に出た。 「もしもし」 『……よかった無事か』 「姫野さんは、お仕事中じゃないですか?」 『確かにそうだが、これは私用電話じゃない。清掃員の君に聞きたい事があったんだ。宿直の布団はどこにあるんだ?』 「押し入れに決まっているじゃありませんか?ご存じでしょう?」 『そうか?いや、俺とした事が……ところでついでに聞くが、停電しているが、お前は一人で大丈夫か?』 「御風呂に入っていましたが、この電話に出るので上がりましたわ」 正直に答えた彼女に彼は苛立った。 『だから。裸でウロウロするな!』 「だって。姫野さんが電話を鳴らすから。仕方が無いではありませんか」 『おい!止めろ……もしもし小花ちゃん?』 「風間さん?停電ですが、大丈夫ですか」 『うん。ここは非常電源があるから電気が付いているよ……それよりも御風呂に入っていたの』 心配してくれる風間に彼女は素直に答えた。 「そうです。でも姫野さんの電話で呼び出されて……クッション!」 『ダメだよ?風邪を引くからちゃんと身体を拭いてよ』 「はい……。でも暗くて……そうだ。懐中電灯」 『おい、代われ……もしもし鈴子?外から丸見えになるから灯りを付けるな!』 「ええ?そんな事を言っても……じゃあロウソクならいいですか?」 『代わって下さい先輩!もしもし小花ちゃん?裸でロウソクは危ないよ!』 「風間さん。私は裸ではありません」 『代われ!おい、鈴子。もういいから身体を拭いて早く寝ろ!』 「姫野さんが電話をするから、私はこうしているのに……もう、知りません!」  小花は電話を切ると、懐中電灯を付けて、もう一度湯船に浸かった。 そして程良くして上がると、長い髪を拭き、そして……布団に入った。 ……ご自分で電話をして来たのに。今度は早く寝ろ、だなんて……。姫野さんは勝手だわ。でも風間さんはお優しい…… すると彼女の頭に、風間の歌うぽんぽこサンバが流れて来た。 ……フフフう。どうしましょう?……耳から離れないわ…… 小花は布団の中で、おかしくて何度も寝がえりを打った。 ……もうだめ!眠れないわ…… ガバと起きた彼女は、冷たい水を飲んだ。真っ暗な部屋。額には汗をかいていた。 ……他の事を考えましょう。ええと…… しかし。思い返しても、風間の鼻にかかった唄が耳から離れなかった。 そこで小花は、必死で姫野の歌を思い出す努力をした。 運転中、澄まして歌う彼。本当は恥ずかしいのだろう。そんな姫野を彼女は思っていた。 ……さあ。お布団に入りましょう…… 長い髪を枕に投げだし、小花は目をつむり必死で姫野の事を想った。 ……怒った姫野さん、笑った姫野さん、困った姫野さん……嬉しそうな姫野さん…… こうして彼女は眠りのドアを開け、夢の世界に入って行った。 翌朝。小花は電話の着信音で目が覚めた。 「……爺、おはよう」 『良かった!ご無事でしたかお嬢様……爺は心配で心配で。何度も電話しているうちに、バッテリーがなくなってしまいました』 義堂の声に、小花は、ホッとした。 「何がそんなに心配なのですか?私は一人でも大丈夫ですわ」 『何をおっしゃいますか?鈴子様は雷がお嫌いですし、何よりお一人ではありませんか。爺はいっそ山を下りて、鈴子様のお家を訊ねようとしておったのですぞ』  彼女がカーテンを開くと、そこには晴天が広がっていた。 「私をいつまでも子供扱いしないで下さい……あ?」 窓の外には、夏山愛生堂の営業車が見えた。降りて来た姫野と風間が、玄関まで歩いてくるのが見えた。 『ですが、鈴子様はお一人です。これから爺が、伺いに参ります』 その時、ピンポーンとチャイムが鳴った。彼女はインターフォンに応じた。 「……お待ちくださいませ!あのですね、義堂……私は一人ではありませんよ?」 『なんですと』 廊下を歩きながら、彼女は言った。 「迷惑するくらい私を心配して下さる方がいて……もうあの頃のような寂しい気持ちはないのです」 『お嬢様……』 「爺の方こそ大丈夫ですか?また遊びに行きますね。それでは」  小花は電話を切って、姫野と風間を迎え入れた。 「おはようございます」 「なにがおはようだ。何度連絡しても出ないし」 「まあ。早く寝ろと言ったのは姫野さんではありませんか」 「ほら。俺の言った通りじゃないですか?先輩」  姫野は不貞腐れて彼女に背をむいた。 「……お二人とも、夜勤明けですよね。朝ご飯は?」 「まだだよ。小花ちゃん」 「よろしければ、召し上がって行かれますか?」 「ああ。風間はもう帰っていいぞ」  姫野が、風間を腕で押し抜けて部屋に上がった。 「何を言っているんですか!?俺も食べるよ、小花ちゃん」  こうして二人は図々しく部屋に上がった。 「今日の天気をスマホで……あ、まただわ」 「なしたの。ふーん。このエブリスタのコメントか……」  小花は、このコメントが怖いと説明した。 彼女がご飯を作っている間、姫野と風間はこのコメントを調べた。 「お待たせしました」 「ああ?あのな、このコメントだか……」  彼らの説明だと、これは正式コメントだという。 「……では、この青いキャラクターのロンリーさんは、悪い方ではないのですね」 「ああ。執筆活動をしている人の、相談に乗ってくれる人だぞ……どうした」 「ええ?私。今までその方が、悪者だと思っていました」 「どうでもいいからさ。食べようよ」 「そうですわね。風間さん、はいどうぞ」 「俺のご飯は山盛りにしてくれ」 「何言ってんですか?俺はもっと山盛りで」 「あ、熱い」 「ばか。俺がやる」 「俺がやります!先輩」  しゃもじを奪い合う姫野と風間。 そんな二人を他所に彼女は味噌汁をお椀に注いだ。 一人ぼっちだった事を忘れさせてくれた二人に、彼女はそっと涙を拭い向かった。 台風一過の札幌には爽やかな風が吹いていた。 完 <補足説明> この作品を公開していた2018年のエブリスタさんには、ロンリーさんという青いイラストの公式キャラクターが存在しました。現在のような公式のお知せの他に質問に答えてくれる存在でした。しかし当時のみちふむはその意味が分かっておらず「どうしてこの人から通知が来るんだろう」と気味悪がっておりました。 まるで長州力さんが旧ツイッターの公式マークを自分で必死に外そうとしていたように、私もロンリーさんが来ないようにできないかと思っていたのが懐かしいです。この話はそんなロンリーさんと独りぼっちのロンリーを掛けたお話でした。初回公開日2018年10月23日でした。
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