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はじまり
『出せ……ここから出せ』
「おばあちゃん?どうしたの?」
北海道。森奥の屋敷。齢百を越えた老婆は寝床で苦悶の表情を浮かべた。
『熱い……憎しや。我をここから出せ……』
「何を言い出すの。あら。あれは」
夜窓の外は煙が上がっていた。彼女は急ぎ家族に知らせた。
「なんて事だ……神社が、燃えて」
驚く父に、娘は叫んだ。
「いいから早く!飛鳥は消防車を!お父さんは水を」
「それはいい!わしは宝物を。退け!」
娘を押し除けた彼は真冬の湧き水を頭からかぶった。斧を持理、火の粉が上がる社に突入した。そしてまだ燃えていない柱にふるっていた。
やがて消防車のサイレンが響いて来た。古い木造建築はあっけなく燃えてしまった。
「お父さん……大丈夫?」
「ああ。何とか本体だけは残せたべ」
「おじいちゃん。……寒い、と思ったら雪だよ」
まるで事件現場の焼け跡。三人家族は抱き合うように夜の中にいた。
翌朝。警察の現場検証では雷による火災となった。これに神主である勇はため息をついた。そして一家の主人である飛子婆さんの枕元にあぐらをかいた。
「婆さんよ。どうすればいいべ。これではお守りできねえべ」
「……」
「再建はするとして。本体をどうするべ」
意気消沈の白髪の彼に老婆は目を瞑ったまま静かに語った。
「……あの子を呼びなさい」
「あの子って。まさか。あれか?でもどこに」
「向こうから来る……待ちなさい」
窓の外には氷柱が下がっていた。北国に春が近づいていた。
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