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レストランに入ると男は一人だったので通訳の人はいつ来るのかと尋ねたら、ジョークという言葉の後に流暢な日本語で話し始めた。
日本語が通じると分かり、彼女はより一層海外への道が近づいたのを感じた。
話がスムーズに進み、一緒に出展する予定の他のアーティストの作品を見ないかという誘いに応え、彼女は男のオフィスに車で送ってもらうことにした。
車窓から外を見ると、雨は完全に上がり、太陽も沈み月が出て空には星が連なっていた。
こんなにきれいに星が見えるものかと感嘆していたが、確かに市街地から見える星の輝きではなかったので辺りを見渡すと、街はずれの森林に近づいていた。
車が静止するのと同時に世界から音が消えてしまったかのように感じて、浮かれていた気分はいよいよ夜の深みにさらわれた。
男は携帯を取り出し、再び聞き取れない英語で通話を始めた。
事の次第に恐れを感じた彼女は車から飛び出し、遠くに見える市街地の光を目指して走りだそうとしたが、すでに通話を終えた男に腕を掴まれそのまま地面に倒されてしまった。
男はもはや言葉を発さず、彼女の口元をふさいで車に閉じ込めようとしていた。
殺されるか、あるいは。
彼女は自分の脳裏に今後の顛末が浮かび上がって恐れを抱き、がむしゃらに体をゆすった。
その時、胸ポケットからスケッチ用のペンが転がり落ちたのを見逃さなかった。
普段から持ち歩いていたペンは彼女に冷静さを取り戻させ、そして勇気をもたらして男の腹へ致命的な一撃をくらわせた。
男は言葉にならないうめき声を発していたが、そこへさらに彼女は2,3の追撃をくらわせた。
傷口を鷲掴み、それでも溢れ出る血をこぼしながら倒れていく男を見下ろす。すでに虫の息だった。
彼女は自分を貶めた男の正体を探るべく、地面に落ちた財布から身分証明書を取り出した。“ウィリアム=ディーゼル”、それが男の名前だった。
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