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校庭の中央にぞろぞろと出てくる浴衣姿の女生徒。野球部だけではなく普通科の男子生徒もグラウンドに釘付けだ。
「あ、いた。あの子だよ」
誰かが声を上げる。全員が一斉にそちらの方向を凝視した。
「やっぱ一番可愛いなぁ。畜生、彼氏はどんな奴だよ」
前園は全く興味がなかったが、何となく騒いでいる仲間たちが指さす方向に目を向けた。
彼がそちらを見た瞬間、前園の視界は『彼女』だけを捉えた。見慣れた校庭で彼女のいる場所だけが輝いて見える。彼女の周囲の風景が霞んでさえ見えた。
(あれは一体……なんだ?)
初めて覚えた感覚に、前園は彼女から目を逸らすことが出来なくなっていた。
「あれ? 前園も彼女の事、気になるの?」
めずらしく前園が女生徒を見ていたので、仲間が冷やかす。
「いや……」
そう言いながらも前園は彼女を凝視したままだ。
「参考までに教えてあげるよ。彼女『飛鳥 楓』って言う名前だよ」
「飛鳥 楓……」
(あれが……欲しい……)
前園が心の中でそう言葉にした瞬間、今まで味わったことのない感情が押し寄せてきた。
(何だ、この感覚は)
誰かを一目見ただけで押し寄せてくるこんな感覚を、今まで一度も知らない。
(俺は、あれが……欲しい……)
彼は幼い頃から野球一筋だった。小学生の頃から、バレンタインデーだなんだと女子から告白されたことは幾度とあったが、よく知らない相手を好きになるなんて全く理解ができなかった。
しかし、いまはどうだろう。彼女を見た瞬間、彼の中で沸き起こった感情が何であるか、彼は一応理解した。
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