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体育祭も終わり暫くした後、前園はいろいろと考えていた。名前しか知らない彼女にどうやって近づいたら良いだろうかと。さすがに突然尋ねるなんて真似は自分にはできない。
(そうだ、佐竹なら)彼なら人付き合いも良い。普通科に知り合いも多そうだ。
肌寒くなってきたある日、前園が意を決して透哉に声を掛けた。
「佐竹、ちょっと聞きたい事があるのだが」
「何? 僕で分かることかな?」
「後で部屋に行く」
「うん」
野球部は全寮制だった。前園も佐竹も実家は神奈川県内にあるのだが、規則で寮に入っていた。
寮はそれぞれ一人部屋で六畳ほどの広さだ。甲子園の強豪校の寮だけあって、ベッドやテレビ、冷蔵庫など大体の物は完備されていた。声を掛けて暫くして前園が透哉の部屋に来る。
『コンコン』
「どうぞ、開いてるよ」
「じゃまするぞ」
ただならぬ前園の雰囲気に透哉は少し焦る。
「前園どうしたの? なんか、思い詰めてる? まぁ、座ってよ、今飲み物出すから」
透哉は立ち上がると冷蔵庫を開けた。
「いや、いい。それより佐竹、お前は普通科に知り合いがいるか?」
座るなり前園が尋ねる。普通科と聞いた透哉は、楓の顔を思い出した。
「いるよ。めずらしいね、前園が普通科に用事があるなんて、何?」
「いや……その……」
言葉に詰まる前園。こんな彼は今まで見たことはない。
「どうしたの?」
「やっぱりなんでもない。忘れてくれ」
そう言って前園は立ち上がった。本当にいつもの前園らしくない態度だ。
「何でもないって……あ、もしかして普通科に気になる子でもいる?」
ピンと来た透哉はその疑問をぶつけてみた。
「いや、そんなのではない」
そうだと顔に書いてある。
「いいよ、隠さなくたって。僕の彼女、普通科にいるんだ。彼女に聞いたらその子の事、分かるかもしれないし、今度紹介するよ」
「彼女? お前、いつの間に」
透哉に彼女がいると聞いて前園は目を丸くした。
「夏の終わりから付き合いだしたんだ。明日にでも紹介するよ」
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