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仮面舞踏会①
数日後の教室。
「えーっ、絶対無理だって!」
教室に楓の声が響いている。
「お願い。楓じゃなきゃできないんだって!」
この声の主は親友の涼子。
「いくら涼子の頼みでもそれは絶対に無理。大体、私テニス部だし」
「そこをなんとかさぁ。先輩達も是非って言っているんだよ」
話は数週間前に遡る。
楓の親友、涼子は演劇部に所属していた。演劇部では十一月に行われる文化祭の練習に力が入っていた。演題はオペラの「仮面舞踏会」をモチーフに演劇部がオリジナルにアレンジしたもの。ある総督が部下の妻に思いを寄せ、その思いは通じるが、結局部下に殺されてしまうと言う、そこに至るまでいろいろあるのだが簡単に言えば、そういう話だ。
しかし部下の妻、アメリア役の三年生が体調を崩してしまい急遽出られなくなった。
残った部員でこの数週間、何とか代役を立ててやっているがラストの見せ場が今ひとつ決まらない。そこで、その場面だけ楓に登場してくれと涼子は言うのだ。
「大体、何で私なのよ」
楓は不満そうに口を尖らす。
「楓の事は三年生の間でも有名なのよ。綺麗な子がいるって。楓ならステージに立っただけでその場が映えるだろうからって。ラスト五分、ステージに立っているだけで良いからさぁ。科白は口パクだし、ちょっと動けばいいから」
「無理無理、大体、小学校の学芸会でも目立った役やったことないんだから。絶対無理」
演劇なんて自分に出来るはずがない。大体ステージに立つような目立つことは絶対に嫌だ。楓は『無理』を連発する。
「楓なら絶対大丈夫だって。演劇部を助けると思って、ねっ、お願い」
しかし涼子は必死に食らいついてくる。
「うーん」
確かに親友の頼みだ。聞いてあげたいのはやまやまだが、こればかりは楓も首を縦には振れなかった。
「じゃあ放課後でも部活を見に来てよ。返事はそれからでもいいからさ」
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