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「夏弥ぁ…夏弥、夏弥……なつやぁ」
「うん、どうしたの?」
夏弥に縋るように抱きつく。髪型が崩れるなんてどうでもいい。ただ、夏弥が俺の親友だと安心したかった。
夏弥の胸に顔を埋めて大きく深呼吸する。夏弥の匂いだ。俺以外は夏弥のこのパーソナルスペースに踏み込めない。それに優越感を覚える。
夏弥は俺の親友だ。葵なんかに譲るもんか。
これは執着か。
俺は親友である夏弥や俺を慕ってくれている結弦、その他の俺と親しい人達を外敵に奪われたくないのだ。
昔では考えられない感覚だ。この嫉妬深さは隼人くんの持つものか、それとも俺が元々持っていたものなのかは分からない。ただ一つ明確なのは、以前の俺には無かった感情が芽生えていることだ。
「宇都宮さん、あの」
「葵、ダメだよ。宇都宮くんは混乱している。落ち着くまで待っていてあげないと」
「そうだよ、葵。今話しかけたら隼人様、もっと混乱しちゃうから。ね?」
耀と結弦が俺に話しかけようとする葵を食い止め、俺の視界に入らない位置に移動してくれた。耀のことは嫌いだが、その気遣いに関しては感謝する。
夏弥が優しく俺の背を摩って、何度も大丈夫だと言葉を繰り返してくれる。その言葉と行動で、俺の荒んだ心が落ち着いてくる。そして激しい後悔が頭の中でループし始める。
「な、つや……俺また、大津クンに、酷いこと……」
「そうだね、後で謝りに行こう?」
「俺、大津クン見てると……自分が嫌に、なる」
「隼人は短期間でそう思えるくらいしっかり葵くん自身を見られてるんだね。普通はなかなか出来ない凄いことだよ」
俺が懺悔する。夏弥が俺の話を聞いて俺を褒める。それの繰り返し。
この学園に入学してから何度もそれを繰り返してきた。俺は親友としての夏弥を渇望していて、夏弥を取られてしまえば俺は崩壊する。
夏弥は俺のセラピーなんかじゃない。俺が俺を保つために必要なパーツなのだ。
だが俺は理解している。
夏弥は主人公である葵に心奪われる時がいずれ訪れることを。
「俺、は」
「隼人はそのままでいいんだよ。僕はそんな隼人が大好きなんだから」
夏弥の甘い声が耳に滑り込んでくる。
その声で張り詰めていた気が緩んでしまった。そして俺は意識を飛ばした。
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