別れの朝。

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 そのおかげで、幼い頃はいつも一緒だった。  広い邸宅の中、友達のように、兄弟のように、仲良く走り回ることを黙認されていた。  しきたりの厳しい真神家で、時には寝食を共にすることすら許されたのは、ひとえに、母の立場が変わったからでもあった。  まだうら若き母を先代当主の真神春正が見初め、ほどなくして深い仲になり、実質上離れに住まわされた内妾だった。  田舎を嫌う先代夫人は結婚当初から東京から動かず、夫婦の仲はとうに冷え切り、母の存在は黙認された。  いや、そもそもそれを見込んでの雇用だったのかもしれない。  世間の好奇の目をよそに、親子ほども年の離れた春正を、母は心から愛した。  やがて脳溢血に倒れて身体が不自由になった彼の介護と同時に家政もとりしきり、十年身を粉にして尽くし続けた。  しかし己の身体を顧みない生活にある日限界が訪れた。  母は急な病に倒れ、幾日も経たずにこの世を去ったのだ。  残されたのは、突然の死にすっかり気落ちしてしまった春正と、全く血のつながりのない愛人の連れ子。  たとえ先代がどんなに可愛がってくれていても、日を追うごとに自分の立場は悪くなるのは目に見えていた。  なぜなら。  自分は、とうに俊一と一線を越えてしまっているからだ。  幼い頃は子犬のようにじゃれあっているのをほほえましく見守っていた大人達も、そろそろ不安に思い始めているのは明らかだった。  中学からは都内の名門学校へ入学させられた俊一は、週末になると必ず帰って来る。  継母を慕っているから、幼い妹が可愛いから、祖父が心配だから、東京の暮らしになじめないから・・・。  言い訳をいくつもいくつも作っては本邸に戻り、家政婦の息子の部屋に入り浸るのは、十五歳にもなる少年としては不自然すぎた。  実際、東京ではその美貌と堂々とした言動で既に周囲を魅了し、政財界のパーティなどでは常に注目の的だった。  昔と違い、友人にもたくさん囲まれている。  それでも、俊一は覚とともに過ごすことを何よりも好んだ。    いや、違う。  自分たちは互いの身体に溺れてしまっている。
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