見知らぬ彼氏

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見知らぬ彼氏

帰宅ラッシュ時で満員状態の電車。ムシムシベタベタする車内。 人の色々なにおいが入り混じり、なんとも言えない空気の中、つり革につかまりやっと立っていた。 プシューーーー?? 突然、鼓膜が破れたのかと思うほどに大きく、一気に空気が吹き出たような音がした。同時に電車が急ブレーキをかけたようで、体が右方向に持っていかれる。 ホームではない踏切に近い場所で急停車した電車。 「すみません」 揺れた為にぶつかってきたOL風の女性に謝られた。 「いえ」 何故、突然こんなところで停まったんだろう。 ざわつき始める車内にアナウンスが流れた。 「……ご、ご乗車のお客様にお、ぁお知らせ致しま……只今、じ、人身事故の為……緊急停車して……おります」 車掌さんの声は震えていたし聞き取りづらかった。 車内の誰かが「まじかよ! バイトに遅刻する」と声を上げた。 「人身事故って……やだ…」 「帰宅ラッシュの時間に飛び込みか? 全く時間考えろよなぁ」 「ほんとだよ。飛び込みだったらうざいよな? 他でやれよ、迷惑なんだよ」 「本当、迷惑」「いいから、電車を早く動かせよ」「東急って対応おせぇ」 みんな口々に自分の都合や文句を言い始めた為に車内アナウンスがどんどん聞こえなくなっていた。 車掌さんの声が震えて徐々に小さくなったのだから、静かな車内であってもアナウンスは聞こえなかったかもしれない。 震える手でハンカチをバッグから取り出して、流れ落ちる額の汗を拭った。 急に息が苦しくなって、体が揺れているように感じていた。 「おい、あんた」 目の前が白くなっていく。朦朧としていく意識の中で私は呟いた。 「そんなに……で」
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