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四月八日。朝、七時十五分。聆英女学院高等部学生寮307号室。
篠崎哉菜はベッドに寝そべったまま腕だけを伸ばして、サイドテーブルの上で役目を果たしている目覚まし時計の音を止めた。無言で起き上がると、まだ閉じたがっている瞼を擦りつつ、洗面室へ歩いていく。
歯ブラシに歯磨き粉をつける段になってやっと、頭が動き出す。
(部屋、変わったんだった……)
歯ブラシを動かしながらふと思って、
(あれ?)
と、歯を磨く手を止めずに洗面室を出る。
ベッドと勉強机のあるこの部屋とバスルーム、脱衣所兼洗面所、トイレで構成されているこの空間で、朝起きてからまだ、ルームメイトの姿を見ていない。寝ぼけていて隣のベッドの中にいるのに気付かなかったのかと思ったが、ベッドは二つともオフホワイトの布団と枕がのっているだけで誰の姿もない。まさかもう部屋を出たのだろうか。部活の早朝練習に出る生徒のために、食堂は七時くらいから開いているらしいから、その可能性がないわけではない。
(部活してるって聞いたことないけど)
生徒会で会長を務めているのは周知のことだが、部活に関しては聞いたことがない。
(家すごいお金持ちで、見た目も頭も良くて生徒会長って、できすぎよね)
口の中が歯磨き粉と唾液でいっぱいになってきたので、洗面所へ戻ろうと踵を返すと、今まさに手を掛けようとしていた目の前の扉が反対側から開いた。
(!!)
目を見開き、口の中の物を噴き出しそうになって慌てて押し留めて、今度は逆に飲み込みそうになってさらに慌てた。
「――おはよう」
紺色の綿のパジャマに身を包んだ九条紫月が扉の向こうから現れて、笑みと驚きと心配をそれぞれ少しずつ混ぜた複雑な表情で哉菜を見た。哉菜は、小さく、素早く目礼すると、紫月の横をすり抜け、急いで洗面台に駆け込んだ。
口を漱いで洗顔を済ませ、トイレに行くために洗面所から続くトイレのドアノブに手を掛けて気付く。紫月はここにいたのだ。
トイレから出て部屋に戻ると、紫月は制服に着替えていた。
哉菜は自分も着替えるべく、洋服ダンスを開ける。
実家には一人部屋があり、寮においても昨日の朝まで一人で寝起きしていた哉菜にとって昨日の夜は、寝苦しいというほどではないにしても、寝つきが悪かったことは事実で、顔を洗った後も欠伸がとまらない。
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