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 九条紫月のことは、顔と名前はもちろん知っていたが、今まで何の接点もなければ交流もなかった。だから、人から伝え聞く噂話と、人前で話す彼女の言葉と声から、勝手なイメージを作り上げていただけだった。一晩を共にして、何か実態が見えてきたかと問われれば、交わした会話は自己紹介くらいで、想像を超えることも裏切られることもなかったというところだろうか。強いて言うなら、必要最低限の会話しかしていなかったことから、思っていたより無口な人だと感じたくらいだ。もしかしたら人見知りをする質なのかもしれない。ともあれ、二人きりの数時間は、決して居心地の悪い空間ではなかった。元々口数の多い方ではない哉菜にとって、お互いのことを構うことなく、必要な会話だけが交わされる静かな部屋は、「他人の気配がある」ということ以外は、一人部屋の時と大差なかった。もちろん、その「他人の気配」がいちばん重要なポイントであることは否定できず、寝不足な朝を迎えたわけなのだが。  七時半を過ぎたころ、身支度を終えた二人は揃って部屋を出て、食堂へ向かう。会話はなく、かといって気まずい沈黙を持て余すということもなく、廊下を進んでいく。 食堂に近づくにつれ、他の寮生たちに出会い出し、ここで暮らし始めて一年が経ち、もう慣れてはいるが気にならないわけではない視線が、いつもの倍増しで注がれる。中には友人もいて、挨拶を交わしたりもするのだが、いつもならそのまま何か話しながら一緒に歩くような元クラスメイトたちも、今日は隣を歩くもう一人に遠慮してか、一目瞭然で空いている反対側の隣を歩いてくれる生徒はいなかった。  食堂に着くと、水嶋が彼女の新しいルームメイトと一緒に座っているのを見つけた。どのタイミングで離れようかと思案していた哉菜は、 「向こうに友だちがいるので……」  と、紫月に声を掛け、 「あ、うん」  彼女が頷くのを待ってから、友人たちの許へ向かった。  向き合って座っているルームメイトと話していた水嶋が、近づいてきた哉菜に気付くのがわかる。哉菜は、口の両端を少し上げ、彼女の斜め前の席に鞄を置く。
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