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 学年が変わり、寮での生活にも変化が出てきた。今までまったく接点のなかった上級生とも、紫月と同室になったことで挨拶を交わす程度の知り合いになったりもした。それを周りの友人たちが羨ましがり、でも妬まれることはなく、絵に描いたように理想的な毎日を過ごしている間に、暦は五月にさしかかろうとしていた。  普段、授業を終えると部活をしていない哉菜は真っ直ぐ寮へ戻る。制服から部屋着に着替え、机に向かうという日課は、一年の頃から変わらない。名実共に評価の高いこの学校で、満足のいく席次を維持するのは容易ではなく、それ相応の努力を強いられる。しかしそれは、哉菜にとって苦痛と思えるほどのことではなかった。やればその分結果が出るのだ。やりがいを感じるといえば大袈裟になるが、勉強という因果応報な行為は、いくらでも頑張れた。    英語のリーディングの教科書とノートを開いて辞書を引いていると、呼び出し音の後、寮内放送が流れ、独りでいる部屋の沈黙が破られた。 「二年、篠崎哉菜さん、自宅からお電話です」  名目でしかないのだが、規則では、携帯電話の持ち込みを禁止している寮内において、交代で電話番をしている寮生の声がスピーカーから聞こえた途端、哉菜の手が止まり、探していた単語ではない単語が載っているページが開かれたまま動かなくなった。少し大きめに書かれた「expression」の文字から眼が離せない。知りたいのは「extraordinary」だ。  早く行かなければ電話が切れてしまう。いや、その前に、哉菜が寮に帰って来ていることを知っている電話番の少女に二度手間を掛けさせることになる。 (行かなきゃ)  重たい手で辞書を閉じて、手よりも重い腰を上げ、部屋を出た。  階段を一階まで下り、玄関のすぐ近くにある小さな個室から廊下に出ているカウンターの前に来ると、部屋の中で数学の問題集を開けている一年の時のクラスメイトが顔を上げた。 「よかった。出かけたのかと思った」 「ごめんね」
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