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 前を向いたまま小さく瞠目し、心臓が萎縮するのを感じる。口の中の僅かな唾液を嚥下して、整いきらない気持ちを抱えて振り返ると、誰もいないと思っていたすぐ後ろにある玄関ホールに、部活帰りの水嶋が立っていた。 「何て顔してるの」  ぎこちない動作で黙って首を捻った哉菜に言った水嶋は、言葉ほどには驚いていない。言われた哉菜には、自分の表情を知る術はなく、返す言葉が見当たらない。それでも何か言おうとするのだが、言おうとすればするほど言葉は逃げていった。結局何も言えず、その間に水嶋はゆっくりと近づいてきて、哉菜は、彼女を見ていることしかできなかった。 「電話、家からじゃないの?」 「――そうよ」  からからに乾いて何かが張り付いているかのような喉を震わせて出した声は、覚悟していたほど強張ってはいなかった。 「嘘ついてまで早く切りたい内容だったの?」 「――そうね」  手を伸ばしてぎりぎり触れないくらいの距離で止まった水嶋に、哉菜は漸く、いつもの口調で答える。 「姉の祥月命日に帰って来いって電話」 「―――」  何でもないことと同じように言った哉菜の初めての言葉に、水嶋は少なからず驚いたらしく、めったに見せない動揺の表情を浮かべた。哉菜は、 「何て顔してるの」  と言う代わりに、 「行かないの?」  部屋へ帰らないのかと尋ねた。 「――行く、けど……」  歯切れ悪く返答する水嶋の声に、 「ごめーん。ありがと。哉菜」  トイレに行っていた電話番の生徒の元気な声が重なった。小走りで戻ってきた彼女を振り返って、 「ううん。あ、ごめん。まだ返してなかった」  と、哉菜がカウンターの上に置いたままだった電話を中に入れる。 「いいよいいよ。――どうしたの?」  哉菜に言いながら部屋の中に入って行こうとした彼女だったが、何となく、二人の雰囲気というか、水嶋の様子が普段と違うことに気付き、足を止め、二人を交互に見た。 哉菜はそんな彼女に「何が?」と問うように無言で首を傾げ、それを横目で見た水嶋は、「何でもない」と短く答えると、 「部屋戻るけど、哉菜は?」  もういつもの調子に戻っていた。 「このまま食堂行く」 「そ、じゃ、席とっといて」 「うん」
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