2人が本棚に入れています
本棚に追加
/132ページ
ゴールデンウィークが近づくにつれ、哉菜の気分はどんどん下がっていった。傍目にわかるほど露骨な下げ方はしなかったが、その分独りになると、胸の中のもやもやとした渦が頻繁に拡大し、できもしないのにそれを吐き出そうとして溜息の数が増え、その度に、紫月からもらった紙袋が必要になった。
自分しかいない寮の部屋で、それでも用心してトイレにこもり、紙袋の中に吐き出した自分の息を吸う。呼吸が元に戻るまで繰り返してから袋を外して深呼吸をすると、吸い切る寸前にしゃくり上げて、また袋を口に当てる。
(トイレじゃなくてバスルームにすればよかった)
紙袋が伸縮する煩わしい音を聞きながら、冷静になろうとする頭で、わざとそんなことを考える。
完全に呼吸が戻ると。袋をたたんでポケットに入れ、トイレから出る。ドアを開けてまず見える洗面台の鏡の中、涙の痕が残る自分と眼が合う。
(何で過呼吸の時って、涙が出るんだろう)
洗面台に手をついて問い掛けてみるが、答えは出ない。
カラカラに乾いてしまった喉と口内を潤すため、コップに水を汲み、ゴクゴクと喉を鳴らして一杯分を飲み干した。次に、勢い良く水を出し、周りに飛沫を飛ばしながら顔を洗う。洗い終わって水を止めると、ドアの向こうで紫月が帰ってきた音がした。タオルで顔を拭き、濡れてしまった前と横の髪も一緒に拭い、鏡で顔を確認してからドアを開けた。
「お帰りなさい」
美人で人気者の後輩が、みんなの憧れの先輩を独り占めで迎えている光景以外の、何ものでもなかった。
最初のコメントを投稿しよう!