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 ゴールデンウィークが近づくにつれ、哉菜の気分はどんどん下がっていった。傍目にわかるほど露骨な下げ方はしなかったが、その分独りになると、胸の中のもやもやとした渦が頻繁に拡大し、できもしないのにそれを吐き出そうとして溜息の数が増え、その度に、紫月からもらった紙袋が必要になった。 自分しかいない寮の部屋で、それでも用心してトイレにこもり、紙袋の中に吐き出した自分の息を吸う。呼吸が元に戻るまで繰り返してから袋を外して深呼吸をすると、吸い切る寸前にしゃくり上げて、また袋を口に当てる。 (トイレじゃなくてバスルームにすればよかった)  紙袋が伸縮する煩わしい音を聞きながら、冷静になろうとする頭で、わざとそんなことを考える。  完全に呼吸が戻ると。袋をたたんでポケットに入れ、トイレから出る。ドアを開けてまず見える洗面台の鏡の中、涙の痕が残る自分と眼が合う。 (何で過呼吸の時って、涙が出るんだろう)  洗面台に手をついて問い掛けてみるが、答えは出ない。 カラカラに乾いてしまった喉と口内を潤すため、コップに水を汲み、ゴクゴクと喉を鳴らして一杯分を飲み干した。次に、勢い良く水を出し、周りに飛沫を飛ばしながら顔を洗う。洗い終わって水を止めると、ドアの向こうで紫月が帰ってきた音がした。タオルで顔を拭き、濡れてしまった前と横の髪も一緒に拭い、鏡で顔を確認してからドアを開けた。 「お帰りなさい」  美人で人気者の後輩が、みんなの憧れの先輩を独り占めで迎えている光景以外の、何ものでもなかった。
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