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 哉菜の姉、紗絵が死んだのは、十一年前の五月六日だった。四月二十日の誕生日で十歳になって一ヶ月も経たない内に、彼女はその生涯を閉じた。哉菜は六歳で、小学校に上がったばかりだった。  午後の授業を受けている最中に、教頭先生が教室に来て担任に何か告げると、二十代後半に差しかかったばかりの担任教師は顔色をなくし、哉菜を呼んだ。その時先生たちに何を言われたかは一切覚えていない。職員室に行くと叔母が迎えに来ていて、彼女に連れられて病院へ行った。  哉菜は、何故姉が死んだのかを知らない。事故でなかったことはわかっているが、特別身体が弱かったわけでもない彼女が、何故病院で死んだのか、まだ幼かった哉菜には何の説明もなかった。あの日、朝から体調のすぐれなかった紗絵は学校を休んでいた。そして、哉菜が学校へ行っている間に病院へ行き、哉菜がその場に着いた時にはもう、息を引き取った後で、わからないなりにも、医師や看護師たちが治療する姿を見たり、彼らの言葉を聞いたりすることもなかった。目にしたのは、悲しみにくれる大人たちの姿で、耳にしたのは、泣き叫ぶ、悲鳴のような声と、押し殺した嗚咽だった。  紗絵がいなくなってから、篠崎家の空気は一変した。母親が、まるで自我を失ったかのように、何も話さなくなったのだ。誰の呼びかけにも応えることなく、紗絵の遺骨、位牌、写真の前でただ泣き暮らす毎日。輸入家具雑貨店を経営する父親は、家でもできる仕事は家に持ち込み、できる限り彼女に寄り添った。家事もろくにできなくなった母親の代わりに、母方の祖母が来て家のことをやっていた。幼い哉菜には、どうすることもできなかった。母親の意識を現実に向けることも、家事を手伝うことも、姉の死因を訊くことも。  日に日に疲れていく大人たちの中にいて、哉菜は、彼らの顔色を窺いながら自分の居所を探る術を覚えていった。 たまに、父方の祖父母もやって来て世話を焼いてくれたりもした。そして父親に言うのだ。 「このままじゃダメよ。早く何とかしなきゃ。哉菜だってかわいそうよ」  しかし、しばらくの間哉菜を預かる。とは言ってくれなかった。言われれば付いて行ったかどうかはわからないが、言ってくれないだろうかと、心の隅の方で考えていたのは確かだ。
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