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本棚の前に立ち、春休みに帰って来て以来、誰も触れた形跡のないその中の一冊を手に取る。中学を卒業した春休みに、暇つぶしに買ってみたら意外におもしろかった小説だ。パラパラと音を立ててページを繰り、適当に止めた項の目に付いたところから三行だけ読んで、話のおもしろさを思い出した。
(持って帰ろう)
そういえば最近は小説を買っていない。読みかけのものもあったような気がして、他の本の背表紙に書かれたタイトルをひとつずつ見ていく。
(あ、これ、確か途中までしか読んでない)
アガサ・クリスティの短編集を見つけて本棚から抜き取ると、それもさっきの本に重ねて左手に持った。さらに他の本も探していると、
「哉菜ー? 時間大丈夫なの?」
階下から母親の声がした。
「あ!」
腕時計で確認すると、六時二十分前。六時丁度の電車に乗るつもりだから、そろそろ出る時間だ。
二冊の本を片手に部屋を出て、鞄の置いてあるリビングに行くと、先程、哉菜に合わせて早めの夕食を終えた家族が揃っていた。
「六時の電車なんでしょ?」
「うん」
「車回してくるよ」
「うん。ありがとう」
「麻衣も行く」
玄関に向かう哉菜に麻衣が続く。
靴を履き、隣に屈んで同様に靴を履いている妹を一瞥して、
(たまに帰ってくる分には、そこまで居心地の悪いところじゃないかも)
などと、落ち着いた気分で立ち上がり、
「じゃあ」
と、一段下りたところから母親を見上げた。すると、何か物言いたげな眼差しとぶつかる。
「――何?」
訊くべきか否か、ほんの少しだけ考えて、はっきりと答えが出ていないのに、口が勝手に尋ねていた。
「――もし、紗絵が生きていたら……」
目を細めた寂しげな笑みで聞かされたのはそれだけ。でも、それだけで十分だった。
哉菜は、言葉を失い、何故か、相手と同じ笑みを浮かべていた。母親は、黙って哉菜を見つめている。
「どうしたの?」
下から、麻衣の不思議そうな声がして、二人は視線を外し、同時に幼い少女を見る。どちらかが何か答える前に、車のエンジン音がして、
「いこ」
と、妹が姉の手を引いた。
「あ、うん。それじゃあ」
麻衣の開けた玄関の扉へ進みながら振り返り、もう一度母親に言う。
「気をつけて。また近い内に帰ってらっしゃい」
最後の一言は、駆け出す麻衣に気を取られて聞こえない振りをした。
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