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父親の車の中で、休む間なく麻衣は哉菜に語りかけていたが、哉菜は、何ひとつ内容を覚えていない。ずっと上の空で、二人と別れてからプラットホームで電車を待ち、定刻に来た電車に乗って、五つほど駅を過ぎてから漸く、思考回路が繋がった。
(人間、どうしようもない状態になったら、笑っちゃうのね)
そして、何もなかったことにしたくなるらしい。つい数十分前の出来事だ。その気になれば、一言一句、一挙手一投足に至るまで思い出すことができるのに、考えるなと、無言の声がその作業を遮る。なのに、それでも、考えずにはいられない。細められていたあの目には、何が映っていたのだろう。映っていたのはあの時だけなのだろうか。今日帰ってからずっと? それとももっと前から? いつも?
これ以上考えたら泣いてしまうと思った。しかし、意外にもそうはならなかった。なんだか、心の奥の方にフィルターが掛かっていて、自分の気持ちがはっきりと見えないみたいだ。その所為で、涙は零れてこないらしい。
(居心地、良いわけないよね。ていうか、あそこに、私の居場所ってあるのかな?)
「家」だからないことはないと思う。思うけれど……。
また、思考回路が遮断される。
(考えたところで、答えなんて出ないよね)
そう結論付けると、哉菜は目を閉じて、浅い眠りへと入っていった。
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