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「もうさあ、三時間半掛けてやっと家に着いたと思ったら、速攻、稽古と打ち合わせで休む暇なくてさ。唯一一日だけお弟子さん来はらへん日があって、やっと休めると思ったら、お茶会に借り出されるし、散々やった」  由華悧の父親は日本舞踊の家元で、今回の事情というのは、彼女の姉が、哉菜にはよくわからないのだが、何とかという名前を継ぐとかで、その襲名披露が催されるというものだったらしい。 「結局、今日のぎっりぎりまで自分の稽古して、人の稽古付けてで、一日も休まれへんかった。最悪や。何がゴールデンウィークやねん。ていうか、最終日にやらんといてほしい。せめて昨日にしてくれたらよかったのに。ほんま、お姉ちゃんには悪いけど、疲れただけやったわ」  溜まっていた鬱憤を漸く晴らせると思ったのか、由華悧は、声こそ大きくないが、早口に捲くし立てる。彼女はただ言いたいだけで、同情や労いがほしいわけではないとわかっている哉菜は、何も言わずに一緒に階段を上がっていく。上がりきったところで由華悧の声が止んだので、そこでやっと口を挟む。 「舞台は? どうだったの?」 「まあ、ヘマはしいひんかったけど、――って言っても、主役はお姉ちゃんやし、誰もうちの踊りなんか真剣に見てはらへんやろ」  悔し紛れにではなく、さらりと、本当にどうでもいいことのように言ってのける。 「でも、緊張したり、しないの?」 「んーー。緊張…、せぇへんなぁ。だって、うちなんかまだまだ発展途上なわけやん? 完璧にできるなんて誰も思ってはらへんやろうし、何より、自分自身が思ってないから。だから、変に気負ったりせぇへんのよなぁ」 「でも、舞台の上に立つこと自体に、緊張しない?」 「そこは慣れ。子どものころから年に何回かあることやし、いちいち緊張してたら身が持たん」 「ふうーん」  哉菜には理解できない由華悧の心境に、そう相槌を打つしかなかった。 「まあ、確かに、子どものころはね、すっごい緊張してたけど、ある時ふとめんどくさくなったの」 「何が?」 「緊張することが」 「………」  ますます理解できない。素直にそう言おうかと思ったが、その前に、二人は由華悧と水嶋の部屋の前に着いた。
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