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入学式と始業式を明日に控えた四月七日の朝。朝食を取り終えた篠崎(しのざき)哉菜(かな)は、友人たちとともに、私立聆英(れいえい)女学院高等部学生寮の掲示板の前にいた。
つい先程、今年度の部屋割りが貼り出され、明日から入って来る新入生を除いた二学年、合わせて約三十名の女子高生が一箇所に集い、その場が騒然とし、今なおざわめきは治まらない。その中で哉菜は一人、黙って自分の名前とその横に書かれたもう一人の名前を見上げていた。
307号室 三年 九条(くじょう)紫月(しづき)
二年 篠崎哉菜
(何で……? っていうか、九条紫月って……)
この高校で、九条紫月を知らない者はいない。おそらく中等部でも知らない生徒はいないだろう。聆英女学院は幼稚園から大学までの一貫教育を行っているが、彼女は高等部から在籍の生徒である。しかし、見目麗しく頭脳明晰な、日本財界はもちろん、政界にも大きな影響力を持つ九条グループCEOの唯一の内孫九条紫月が、隣接する中等部にまでその名を亘らせるには、一週間もあれば充分だった。
その一年後、多くの眼を惹く容姿と、この間まで中学生だったとは思えない物腰で、あっという間に六学年にファンを作ることになった生徒が同じく高等部に入学した。それが、篠崎哉菜だった。
その二人が同室。否、それ以前に、この寮では一年と三年、二年は二年同士の二人部屋が通例となっている。そんな中、去年哉菜は、理由は定かではないが、おそらく人数の都合上、一年生にもかかわらず、寮内に二つしかない一人部屋の一つを割り当てられていた。因みにもう一つの一人部屋は一年間空き室になっていた。二年続けての例外は、偶然でも人数の都合でもないだろう。そう考えるのは当人だけではない。
「先生たちも、ウマイこと考えたわね」
少し脹れた顔で掲示板を見上げている哉菜の隣にやって来てそう言ったのは、水嶋(みずしま)庚(かのえ)。
「どこが?!」
それに対して、日頃から憚ることなく哉菜への思慕を剥き出しにしている唐澤(からさわ)光(ひかる)が声を上げた。
「二年は二年同士のはずでしょう?!」
「例外はあるの」
「なんでまた哉菜なの?!」
哉菜を挟んで交わされる、光の大きな声と水嶋の冷静な声でのやり取りに、周りの視線が集まり始める。
「『何で哉菜』じゃなくて、『哉菜だから』」
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