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「――そうですね」  疑問に思われても仕方ない。 「よく我慢できたわね」 「ニコチン中毒になるほど吸ってなかったから」 「じゃあ、何で吸ってたの?」  短くなったタバコの火を、紙コップに入った水で消す紫月の問いに、哉菜は一度大きく吸い込んで、微かに聞こえる葉っぱの燃える音に耳を済ませた後、一気に吐き出して言う。 「気分転換してる気分になれたから。かな?」  自分で言って、変な日本語だと思わず笑った時だった。マズイ。と思う暇もなかった。ヒュッと喉が鳴った瞬間には、もう手遅れで、 (何で?!)  思ったところでどうしようもない。  不意打ちは勘弁してほしい。しかも人前で。 (そうだ…ッ! 一人じゃないんだッ!)  気付いたことが災いしてしまった。いつもなら、苦しく激しい呼吸の最中でも、冷静に、あの紙袋を取り出してすぐに処置できるのに、隣の、驚きを通り越してしまったような表情で自分を見る紫月の存在を意識した哉菜は、冷静ではなかった。  力が入って動かし難い左手を口許に当て、その中で息をすると、人差し指が鼻腔に張り付き、薬指と小指の付け根辺りに前歯が当たる。どんどん冷たくなっていく右手は、タバコが挟まったまま、入りすぎた力の所為で小刻みに震えている。目に溜まった涙が零れ出て、頬を伝い落ち、手に触れる。激しく行き交う空気で、喉はひりひりしてきた。 (どうしよう……!)  しゃくり上げて吸い込んだ肺いっぱいの空気が、上手く吐き出せない。息の吸い方も吐き方も、止め方もわからなくなった。腕だけじゃなく、喉にも胸にも腹にも力が入って、全身の部分部分がそれぞれに震え出し、強張った身体が思うように動いてくれない。 (ダメだ)  何がどう駄目なのかもわからないのに、胸の中でそう呟いて何かを諦めた時、右手の人差し指と中指の間にあったタバコが抜き取られた。俯いていた顔を上げると、険しい表情をした紫月が紙コップの中で火を消していた。 (あ…)  取り乱すことになった元凶であるにもかかわらず、ほんの数秒、存在を忘れていた彼女を思い出し、今度は、哉菜の中に理性の欠片が戻ってきた。
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