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 不必要なまでの酸素を摂取しようとする身体をねじ伏せるように、両手で口と鼻を塞ぎ、肩を上下させて息を止める。でも、これだけではまだ不充分だ。早く紙袋を手にしなければ、このままではどうなってしまうか、哉菜にもわからない。 (焦っちゃダメ)  そう思える程度には冷静になっていた。  止めているのが限界になって、震える喉でゆっくりと、細く長く息を吐き出す。そうしながら、どこにしまったのか忘れてしまったあの紙袋を探そうと、ぎこちない仕草で首を回した。右に回して真後ろの自分のベッドの上を見たが、そこには何もなく、机の上へ視線を移して伸び上がったところで、吐く息が途絶えた。ゆっくり吸わなければと思うがままならず、引き攣る音を立てて多すぎる酸素を取り込んでしまう。机の上には辞書とノートが定位置にあるほか、さっき置いた鞄があるだけで、欲しいものは見当たらない。  鞄の中、制服のポケット、いや、引き出しの中だ。 (二段目)  肺胞のどれか一つでも弾けてしまうのではないかと思うほどに満杯になった空気を、また、少しずつ吐き始め、それからワンテンポ遅れて、まだ余分な力が抜けきらない右手をベッドにつき、覚束ない足取りでカーペットの上に下りて、机に向かう。後ろから投げかけられている心配げな、それでいて訝しがるような視線に気付く余裕はなかった。  机に辿り着くと、迷うことなく四段ある引き出しの、上から二段目を開ける。半分も開けないまでに、四つに折りたたまれた、薄茶色の俟ちの広い紙袋が見えた。右手で袋を取り出し、両手に持ち替えて袋の口を開ける時に、いつの間にか左手を胸もとに当てていたことに気付く。  袋で口と鼻を覆って、僅かに残る息をその中に吐き切り、すぐに、今吐いたばかりの自分の息を吸い込む。中にあった微量の空気では身体が満足しなかったため、真空に近い状態になった袋からなおも吸い込もうとして、できなくて、引付を起こしたみたいに身体がのけぞった。  苦しくて、痛くて、涙が止まらなくて、いろんなことが嫌になる。家族のことも、こんな身体のことも、今の状態も、落ち着いたら説明しなくてはならない数分先の未来も。  左手ひとつで紙袋を持って、右手で涙を拭いながら思う。 (何で私、こんななんだろう)
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