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 紙袋の中での呼吸を何度か繰り返すことで大分マシになってきたが、過呼吸の所為なのか、涙の所為なのかわからない嗚咽は止められず、自分自身すら嫌になってきた。  呼吸はたぶん、ほとんど元に戻っているのに、苦しさは続く。さっきまではただひりひりと痛かった喉が、今度は、涙の所為で痛くなってきた。目と鼻が熱くなって、ただ泣くために涙が溢れる。次第に力の抜けてきた左手から紙袋が落ちると、足からも力が抜けて、その場にくずおれてしまった。  泣きたくなんかないのに、止められない。とめどなく流れる涙が、鼻と口を押さえる両手を伝って下に落ち、音を立てて毛足の短い絨毯に染みを作るのがわかった。  しゃがんだ両足の辛さも不安定さも忘れて泣き続け、時折、まだ冷たい両手で涙を拭う。  この寮にいる誰が、哉菜のこんな姿を想像できるだろう。また、目の当たりにしている紫月は、一体何を思い、今この場にいるのだろう。言葉にならないほどの不確かさで、そんなことが頭を掠めた。  声を殺し、肩を震わせ続ける哉菜は、ベッドから下りた紫月が近づいてきていることに気付いていなかった。だから、後ろからそっと肩に手をのせられた時には、ビクッと息を止めてしまった。そしてその刹那の後、取り返しのつかないことをしてしまったと、後悔で血の気が引き、涙が止まった。振り向けないまま眼を泳がせ、何をどこからどこまでどう話せばいいのかと、数時間前に実家を出てからずっと、考えることを放棄したがっていた頭の思考回路を急激に働かせ始めたが、結論が出る前に、肩に触れていた手が前に回り、身体全体に軽い圧迫を感じたことで、考えるべきことがシフトする。 (何で…?)  予想もしていなかった相手の行動に瞠目していると、さらに身体が密着して、背中に胸の膨らみを感じた。  油の切れかかった螺子のような動きで上半身だけ振り返る哉菜の目に入ったのは、紫月の顔ではなく、彼女の着ているシャツの淡い青だった。  涙に続いて、身体の震えも止まった。残ったのは、泣きすぎたための横隔膜の痙攣だけ。それもきっと、この意味のわからない展開に驚いている内に治まるだろう。
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