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3、秋の味覚が見つからない
暗闇の中にいた。
息苦しくて、体は酸素を求めるけれど、周りからは思わずえずいてしまいそうな悪臭が漂っていて、深く息をすることもできない。ただぼくは身動きすら取れない自分の置かれている状況に絶望するしかなかった。
暗闇には光が射していた。
ちょうど目の前、闇に閉ざされた世界に降り立つ天使の梯子の様に、一筋の光がぼくを完全なる闇から救い出していた。
光の中には見知った風景が広がっている。会議用に置かれた長机。秩序よく並べられた椅子。何も書かれていない黒板。窓から差し込む赤い夕陽。
その窓際に佇む、よく知った少女。
少女はこちらに背を向けていて、その表情を見ることはできない。
彼女が向き合っているのは、一人の少年だった。
開いた入口の扉を背にして、まだこの教室の風景に完全に入り込めないように見える。
どこか既視感を覚える光景だった。
少し前──あるいはもう遠い過去かもしれない──向こう側、まだぼくが光の世界にいた時、彼と同じように少女と向き合っていたはずだった。
でもぼくは、そこにいない。
光と正反対の闇の中で、こうしてその光景を見つめることしかできない。
少年が口を開く。
「……入っても、いいか?」
少女は黙ったままだ。
その沈黙を肯定ととったわけじゃあないだろう──それでも彼は返事を待たず、彼女に一歩、二歩、と少しずつ近づいていく。
彼が少女の肩を掴めるところまであと3歩──
「まって」
少女が声を出した。小さく、絞り出すような声だった。
少年の足が止まる──3歩の距離が、少女と彼の距離だった。
でもそれは、永遠には続かない。
「……水無月、俺と付き合ってくれ」
やがて少年が一歩を踏み出す。
境界が破れて。
「あっ……」
水無月が声をあげた。
そして世界は黒一色に染まる。
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