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こんばんわ、“伏線の多い料理店”へようこそ。
この店は山の中腹ほどの位置にあるため、交通の便が非常に悪い上に、営業時間は早朝五時から昼時までとごく僅かな為、度々おとずれるニッチな客層からは“伝説の名店”などと、ありがたいお言葉を頂いております。
ボード一枚分のメニュー表に乗っている料理は、名店の名に恥じぬ美味であるのはもちろんの事、この店の“特色”ともいえるのが、“伏線の多さ”。
この店に入ってから出るまでに起こるどんでん返しの数々で、お客様方を飽きさせないように心掛けている所存です。
さてさて、数時間に一本しか走らないバスを数台乗り継ぎ、山道を登って、今現在、やっとの思いでこの店にたどり着いたあなた。
おでこの汗を拭った、湿り気のある右の手のひらで店の扉をぐいっと押してやると、木造扉はキイキイと音をたててあなたを迎え入れます。あなたは両方の肩に背負った、大きな旅の荷物から早急に解放されようと、四角いテーブルの並んだ店の手前側にある、カウンター席に腰を掛け、丸い椅子のしたに荷物を下ろしました。
その軽くなった体であなたは、食材の詰められたアルミ製バッカンの前にたち、切り分けられた野菜などを、バイキング形式に皿に盛り付けていきます。
再び席についたあなたは、蛇口からくんだ水をごくりと飲みほし、素早く食事を済ませると、からだの疲れが取れるのを待つ暇もなく、店をあとにしました。
貴方は木造扉の数歩先で踵をかえし、“伏線の多い料理店”と書かれた看板をジッと眺めながら、思案に耽りました。
伏線なんてどこにあったんだろう、と。
しかし、伏線が無かったのは当然の摂理。だって私が最初に“こんばんわ”と申したとおり、貴方がこの店を訪れたのは営業時間外の夜なのですから。
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