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「私の原初の願いは『皆が幸せであるように』であったらしい」
大仰な言葉にも、数百年に渡って平和だったという島の歴史が浮かんで、思わず首肯を返す。
「引き換えに、数え切れない少女達を憑代としてきた。いまの私の願いは」
彼女の指先がゆっくりと持ち上がり、水平線の先を示す。そこには早暁の薄明かりに対岸の砂浜が仄かに白く滲んでいた。
もう星を見る必要はない。船が座礁しない様に、海面の濃淡に沿って舵を操る。
彼女はオレの手つきを暫く眺めていたが、早々に飽きたらしい。いまは陸地からの風に顔を向けて、気持ち良さそうに目を細めている。
「なぁ、ところでお前、名前は何ていうんだ」
「名前……?」
オレの方を振り向いて小首を傾げるその仕草は心底不思議そうで、彼女という存在にとって名前など意味がないことが窺えた。
肩をすくめて質問を撤回しようとしたオレに、唄うような声が告げる。
「そうだな。名前がないというのも、お前にとっては不便であろうな、少年」
「少年じゃない。オレの名前は『アレン』だ」
「そうだった。失礼した、アレン」
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