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目を擦り――再び、影を見た。
今度は踊っていた。椅子から立って勉強机の上に乗り、陽気な素振りで、軽やかに。その足元は確かに僕と繋がっている。
思わず振り返ったが、誰も居やしない。
この影は、独りでに動いている。
疲れ? 白昼夢? いいや、そうじゃない。
僕は正常で、これは異常だ。
皆既月食に、怪奇現象だなんて。
喉を鳴らし、深呼吸を繰り返す。興奮しているのか、息を吐くのも、おぼつかない。
常識が変わる。箱庭に思えた世界は、光の当たる表面。
僕は手元を震わせながら……スマホの録画ボタンを押した。
◆◇◆◇
「比津内……比津内和樹、聞いているのか!」
誰かに呼ばれた気がして、僕は顔を上げた。見れば数学教諭のスキンヘッドが、タコのように丸めた頭を赤らめている。
どうやら授業中に呆けていたらしい。なんだか昔のことを考えていた気もする。
「比津内、前へ出て問題を解け」
高圧的な態度に舌打ちをしたくなる。面倒な。
高校一年レベルの数式なんて、とっくに予習済みだ。都内でも有名な進学校なら、生徒によって進行度が違うのを教師陣は理解するべきだ。こっちは大学受験の勉強で忙しいのに。
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