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僕は衣替えを済ませたばかりの冬服を正し、すくっと立ち上がった。
黒板へ歩を進める間も、クラスメイトから同情や憐みの感情は向けられない。それで構わないと思う。どうせ行く先が違い過ぎる。友達という名のコネは大学からでいい。
チョークを手に取り、さらさらと答えを書いていく。簡単だ、間違えようがなかった。
いよいよタコ教師は茹で上がり、もう少し気温が低ければ湯気でも出ていそうだ。
「解きました」
僕が踵を返そうとしたら、「待て」と止められた。
「どうして授業中に上の空だったのか、言ってみろ。そんなに俺の授業が退屈だったのか?」
不快感を表に出さないようにするのが精一杯だった。くだらない矜持だ。内申点さえ無ければ、こんな教師は相手にすらしない。
公式に当てはめる数式とは異なり、人の気持ちは不確かなのが困りものだ。
「どうした比津内」
――仕方ない。今日も潜るか。
僕は俯いて目を閉じ、すっと息を止めた。
意識だけが溶けていく感覚。それは睡眠と似ている。より具体的な違いは、非常識を認知しているか否か。僕は溶かした意識を、影の中へ落としていった。慣れたもので、あちら側には数秒で行けてしまう。
表と裏。光の当たる世界が現実なら、その陰になっている世界は虚構。
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