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「起きてたんなら最初から返事してくれればいいのに」
「…………」
「葵」
「うるせぇ」
男食いとはいえ実の弟である自分が性の捌け口になる可能性を危惧してるのではなく、純粋にこの男の考えを理解できないからこその反抗心だった。
親がいない間に代わる代わる男を連れて来ては、廊下に漏れるほどの嬌声をあげるのだ。その相手が恋人なのかセフレなのかどうかは分からない。ただ男を連れた兄は家の中ですれちがう度に悲しそうな目で見つめてくる。何も言わないまま、何かを察してもらいたそうな視線だった。
男たちの顔など大して覚えてはいない。ただ部屋から漏れ出す兄の喘ぎ声ばかりが耳にこびりついて離れなかった。
「出てってくれ」
兄の声を聞いていると否が応でも思い出してしまう。
自分の知らない男に犯され発した艶めかしい声を。
「出てかない。黙りたくもない」
「頼むから出てってくれよ!」
耳障りでしかないはずの声。聞きたくもない声。記憶から抹消してしまいたい兄の厭らしい声。
決して受け入れたくはない兄の行動と、男との関係性を目のあたりにした葵が雅嗣の来訪を喜ぶはずがなかった。退出を願いでても聞き入れない兄はますますベッドへと歩み寄って来る。
「……葵は……オレがキライなんだよな?」
「あぁ、大嫌いだ」
「そう、だよな……男を取っ替え引っ替えしてるような兄貴のことなんて……キライに決まってるよな」
自虐的に言い放つ兄は薄い笑い声を漏らしていた。何を聞かされようと気持ちは変わらないはずだったが、悲しみに暮れている声色に胸を強く打たれてしまったような気がした。
同じ親の血を受け継いでいる兄の思いがけない言葉に、ゆっくりと振り返ってしまう。兄と弟、変えられるはずのない関係性の元に生まれた男をただ蔑ろにしてしまえるほど心の底から嫌うことはできないらしい。
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