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赤い瞳にジワリと涙が浮かぶ。さながら聖水のように、少しの濁りもない美しい涙だ。
その姿を見て、ルーシェンへ抱く恋心がズキンと痛み、ノワは小さな小さな声でごめん、と告げた。ルーシェンは小さく首を振って応えてくれたが、目を合わせてはくれない。
妹のことに加え、なんてことをしてしまったのかという後悔も重なってうなだれてしまったその時。
ルーシェンは懐からそっと小瓶を取り出した。それをぎゅっと握りしめる。その姿は、まるで祈っているように見えた。
声をかけることも忘れて魅入っていると、ルーシェンが海へと飛び込んだ。
そして見た。
ルーシェンの背に隠れていた、二つの月を。
見事な満月であった。煌々と降り注ぐ優しい月光はどこか神々しくあたりの闇を照らしている。
その満月が濁りのない美しい海に映し出され、まるで月が二つあるかのように見えた。
「こんな…ことが…」
伝説だと思っていた。嘘っぱちだと。月は二つもないのに、月が二つ現れるなんて馬鹿な話があるかと。
それでもその伝説に縋るほどに参ってしまっていた。
圧倒的な存在感を放つ二つの満月に言葉を失っていると、どこからか歌が聴こえてくる。
言葉はわからない。
高くもなく、低くもない声だ。優しくて、心安らぐ暖かい声。蕩けるように甘美でありながら気高く、母の子守唄のようでありながらオペラ歌手のアリアのようでもあった。
ルーシェンの歌声だった。
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