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「人魚の涙を手になさったかね、お若いの。」
夜が明け、海辺から戻ってきたノワを迎えたのはおばば様だった。
ちらりと一瞥しただけで、ノワはその場を後にしようと変わらない速度で歩みを進める。おばば様も、少し後ろからついて来ていた。
「お若いの、これは老い先短いおばばの切なる願いじゃ。どうか、人魚の存在は世に広めんでくれんかの。人魚の涙は、伝説のままにして欲しいのじゃ。」
そのおばば様の声が、今までと違って弱々しいもので、ノワは思わず足を止めて振り返る。
そこにいたのは年老いた小さな老婆には違いないが、いつもの不遜な態度の頑固老人ではなく、疲れ切った表情をした、死を待つだけの老人だった。
「人間は勝手じゃからの…人魚の涙を手に入れる為に、人魚を支配下に置こうとする。あれらは優しい生き物じゃが、弱い生き物じゃ…そっとしておかねばならん。」
「おばば様…あんた…」
「この島の人魚の噂の発端はな、儂の兄なんじゃ。母の病を治す為に人魚の涙を探しに行き、船が難破して脚を失った。それを助けたのが人魚じゃ。歌を歌ってな…兄は人魚に恩返しをしようと島に連れてきた。儂も会ったよ。今でも覚えておる、ほんに優しくて綺麗な人じゃった。じゃが…」
おばば様は、ゆるく首を振った。
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