プロローグ

2/3
前へ
/33ページ
次へ
 近くに爆弾が落ちた。  すさまじい爆風によって彼の体は枯れ葉のように容易に吹き飛ばされる。  背中から地面に墜落する。まるで空気の抜けたボールかのように小さく地面で跳ねて、やっと止まった。  転がった先で痛みに低く呻く。体を強く打ち付けたようでなかなか動けない。  しばらくじっとしていると粉塵が晴れた。  唯一動かせる目で隣にいたはずの友人を探した。  友人は数メートル離れた場所にいた。砂と煤にまみれた筋肉質な身体。その首は不自然な方向に折れ曲がっていた。絶命していることがすぐに分かった。……人の死にも、もう随分慣れてしまった。そんな自分が嫌だった。  彼は止まっていた息を細く吐き出した。大切な友人の死にも関わらず、乾いた瞳から涙は出なかった。  ようやく動かせるようになった脚と腕で地面を這う。遠くから爆弾の音と銃声が響き渡る荒野で必死に友人の体に手を伸ばした。  体の下で砂利が音を立てる。額を伝った汗が地面に垂れて水玉模様を作った。  やっとの思いで上体を起こす。ヘルメットの下の友人の顔が見えた。彼は口の端から血を流し、目を見開いたまま絶命していた。いつも笑いかけてくれていたのに、もう話すことすらできないのか。  目を伏せ、彼はそっと手を伸ばしてまぶたを閉じてやる。  この戦争が終わったら、やっと我が子の顔が見れるんだ。だから生きて帰らなきゃ。  知り合ったばかりのころ、そう言っていた。  彼は友人の胸元を探ってロケットペンダントを取り出した。この中には彼とその妻が写った写真が入っている。彼はよくペンダントを開けてはその中の妻の写真を見せびらかし、どうだ美人だろう、あげないからなと惚気ていた。  帰ったらこのペンダントを……彼の妻に渡さなければ。  戦場でも家族のことを忘れずに戦い抜いた男の想いを伝えなければ。  それに、俺にも帰ったら結婚すると約束した恋人がーー。  絶対に生きて帰るんだ。  後ろ髪を引かれながらも、戦友からゆっくりと離れる。先ほどの爆発やこれまでの戦いで傷を負った体を引きずり、後ろを振り返った。  動かなくなったその体は、吹き上げられた砂に隠されて見えなくなった。心にぽっかりと大きな穴が開いた気配がした。
/33ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加