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 店の中へ入るといい匂いが鼻をくすぐった。だが、食欲は湧かない。胸がズキズキと疼いていた。  思いの外ショックだった。彼は来てくれるものだと思っていた。急用なら仕方ないのだろうが、そうと分かっていても残念なものは残念だった。  『次いつ会えるかも分からない』……か。  次、なんてあるのだろうか。  その言葉を聞いて気づいてしまったのだ。私は彼のことを何も知らないのだと。連絡先も、住んでいる場所も、実際彼がどんな人なのかも、何も知らない。知っているのは、顔と、名前と、年齢くらい。  何も告げずに離れられてしまったら、もうこちらからコンタクトを取ることは難しい。なぜだろう、そう考えると胸に風穴でも開いたかのように冷たさが染み込んでくるような気がした。  彼にはもう会えないのか――。  気づいてしまえば後はもう崩れるだけだった。彼が喜んでくれると期待した分だけ落胆も大きかった。  彼に嫌われてしまったのだろうか。急用なんかじゃなくてもう会いたくないだけなのかもしれない。だって、また会ってくれるつもりなら連絡先を伝言と一緒に預けてくれれば良かっただけの話なのだ。でも、彼はそうしなかった。  胸の痛みは消えてくれない。 「ご注文何になされますか?」 「あ、……じゃあ、おすすめを」 「かしこまりました。では子羊のハーブ焼きはいかがですか?」 「美味しそうですね。それでお願いします」  気分が沈んでいたところにおかみさんが注文を聞いてくれた。少しだけ気が紛れた。それでもシャノンは小さくため息をついた。 「アイヴィーさんとはよくお会いするんですか?」  注文を厨房に伝えたおかみさんはこちらに戻ってきて、少しためらったような様子を見せるとまた声をかけてきた。  シャノンは驚いてわずかに目を見張る。
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